ふと気づくと、空が闇色に染まっていた。
 部屋の置時計に目をやれば、針は五時を差している。
「あの、私、そろそろ失礼します」
「もうそんな時間? あぁ、もう五時を回っていたんですね」
「翠葉は誰か迎えに来んの?」
「うん。連絡したら十分ちょっとで来てもらえると思う」
「なら、今電話すれば? こっから正門まで十分くらいだから」
「じゃ、失礼します……」
 携帯からツカサの番号を呼び出しかける。と、一コールで通話がつながった。
「ツカサ……?」
『終わった?』
「うん。今から正門へ向かうから、迎えに来てもらってもいいかな?」
『了解。今、芸大近くのカフェにいるから、五分とかからず行けると思う』
「あ……私が正門へ向かうのに十分くらいかかるかも」
『わかった。五分経ったら出る。正門に着いたら連絡して』
「はい」
 電話を切ると、先生と倉敷くんが同時に席を立った。
「僕は柊ちゃんの様子を見に行くので、慧くん、御園生さんを正門まで送ってあげてくれる?」
「頼まれた」
「えっ!? あの、ひとりで大丈夫ですっ」
「じゃ、この建物出たら右左どっちに行くのが正解?」
 倉敷くんに尋ねられ、しばし考える。
 来た道を戻るなら――
「右?」
「ブッブー。おとなしく送られろ」
「お手数をおかけします……」
 そんなやり取りを見ていた先生がクスクスと笑う。
「やっぱり年が近いと仲良くなるのも早いですね。慧くんを呼んで正解でした。御園生さん、再来週のレッスンでお会いしましょう」
「よろしくお願いします。今日はありがとうございました」
 お辞儀をして先生を見送ると、倉敷くんが私の背後に回り、「じゃ、行くか」と車椅子を押し始めた。
「あっ、自分で動かせるよっ?」
「おとなしく押されてろ」
「でもっ」
「手も怪我してんだろ? 押してくれる人がいるなら頼んじゃえよ」
「……ありがとう」
「おう。……その手、どのくらいで治んの?」
「一週間くらい」
「本当、気をつけろよ?」
「はい……」
 会話が途切れると少し焦る。
 緊張を要す相手ではないとわかっていても、どこか気まずい気がしてしまうのだ。
 互いに歩いているのならまだしも、今は車椅子に座っているだけだからなおさらに……。
 ツカサと一緒のときは無言でも困らないのにな……。
 何が違うのか、と考えてもそれらしい答えは見つからない。
 ただ、ツカサのことを考えれば考えるほどに強く感じる想いがひとつ。
 早く、会いたい――。