コーヒーが運ばれてきたときには、冷たくなった手が体温を取り戻しつつあった。
 たぶん、緊張が緩んだのだ。
 どうしたことか、私の足元に座り込んでいた倉敷くんが同じソファに座り直しても何も感じない。
 どうしてだろう……。
 普段なら、知らない男子がこの距離にいるだけで身体が硬直してしまうのに……。
 小さいころに会ったことのある人だから? ――ううん、それならさっきだって緊張しなかったはず。
 ならどうして……?
 ……格好悪いところを見られたから?
 初めて会ったときもメンタルボロボロだったし、今もそれに近いものがあった。
 未だ衝撃は残っているものの、気持ちはマイナス方面へ引っ張られてはいない。それは、倉敷くんのフォローがあったからこそ――。
 あぁ、そうか……。
 この人は、コンクールなんて場所で緊張している他人におまじないを教えてくれるほどに人が好く、何か問題にぶつかったら対峙させようとする厳しさを持ち合わせてはいるけれど、対峙する間はフォローもしてくれるような優しい人なのだ。
 そんな人を怖いと思うわけがなかった。
「翠葉さ、人前での演奏が苦手ならAO入試にしろよ。そしたら、三回まで再受験可能だし、さすがに三回目には慣れてるだろ?」
 それはどうだろう……。
 三回目には、「これが最後のチャンス」と崖っぷちに立たされている気分に陥らないだろうか。
 倉敷くんのポジティブさに唖然としながら、
「あの……実はまだ、芸大一本に決めたわけではなくて……」
「はっ!?」
「そうなんですか?」
 ふたりの反応に愛想笑いを返す。
「今はまだ決められなくて、でも、行きたいと思ったときに技術が伴わなくて行けないのはいやなので……」
 尻すぼみに声が小さくなると、
「御園生さん、後ろめたく思うことなどありませんよ。僕はオーダーどおり、あなたがこの大学に合格できるレベルに仕上げるのが仕事ですから。来年の夏までにはある程度のレベルへ引き上げます」
 先生の目は、目標を定めたとても厳しいものだった。
 おそらくこれからは、どんな言い訳も通用はしない、と言われているのだろう。
 私は気を引き締め、
「よろしくお願いします」
 できるだけ丁寧に頭を下げた。