先生は穏やかな表情で話を続ける。
「音が好きだな、と思って生徒カードに目をやったら、ちょっと気になる名前だったんです」
「え……? 名前、ですか?」
「御園生さんの名前って、一度聞いたら忘れない程度にはインパクトがあるじゃないですか」
「そうでしょうか……」
 珍しいとはよく言われるけれど、「忘れない」と言われたことはない。
「僕はその名前を過去に二度ほど耳にしたことがあったんです」
「どこで、ですか……?」
 先生は少し考えてから、
「ふたつのうちのひとつはちょっと伏せさせてください。そう時間はかからず知ることになると思うので」
「はぁ……」
 意味はわからずに頷く。と、
「ずいぶんと前の話なのですが、御園生さん、城井アンティークの催事にいらしてましたよね?」
「え……?」
 城井アンティークの催事は年に一度大きなものがある。
 予定がない限り、その催事には家族揃って顔を出すけれど、いったいいつの話なのか……。
「ずいぶんと小さいころの話だから覚えてないかな……。会場にベーゼンドルファーがレイアウトされていた年なのですが」
「っ!? 覚えていますっ」
 それは三歳のときの催事だ。
 そんな小さいときのことをはっきりと覚えているのにはわけがある。
 その日は私が初めてピアノに触れた日で、ピアノを習うきっかけになった日でもあるから。
「僕たち、そのときに会ってるんですよ」
 にこりと笑った先生にもしかして、と思う。
 あの日、会場のベーゼンドルファーを演奏していたのは蒼兄よりも背の高いお兄さんとお姉さんだった。
 そして、一通り演奏が終わると、そのふたりは私と蒼兄の相手をしてくれて、私の人見知りが薄らいだころにピアノの手ほどきをしてくれたのだ。
 なんの曲が好きか尋ねられて「きらきら星」と答えたら、「ちょっと難しいけどがんばろう!」と言ってくれた。
 そうして、初めて弾いた曲が「きらきら星」。もっとも、人差し指で鍵盤を押さえただけにすぎないのだけど……。
 顔までは覚えていない。でもこの人は――
「きらきら星を教えてくれた、お兄さん……?」
「そうです。君に初めてピアノを教えたのは、僕と姉の響子です」
 どうしよう、情報処理が追いつかない……。
「あのとき、君は恥ずかしがりながらも覚えたてのプロフィールを僕に教えてくれたでしょう? ミソノウスイハ、三歳です、って」
 うわぁ……うろ覚えだけど、そんなことを言ったような言ってないような……。
 小さなころの話とはいえなんだか恥ずかしい。
 でも、こんなことってあるのね……?
 まるで奇跡みたいな再会だ。