会話がひと段落したころにコーヒーが運ばれてきて、女性が部屋を出ると防音室独特のしんとした空間に再度緊張する羽目になる。
 少し前までは普通に話せていたのに、一度会話が途切れてしまうと何を話したらいいのかわからなくなる。
 話題話題話題話題――。
 あっ、この部屋の家具のことならどんなことでも話せる!
 でも、先生自身が「城井アンティーク」をまったく知らず、アンティーク家具に関心がなかった場合、話は長く続かないだろう。
 あぁ、ここに柊ちゃんがいてくれたら会話に困ることなんてなかったのに……。
 間が持てなくて、手にしたタンブラーを離せず繰り返し口をつける。と、
「御園生さんはどうして僕が御園生さんを受け持ったか知りたいですか?」
「え……?」
「さっきの話です」
 それはわかっているけれど……。
 さっきはやや強制的に話を切り上げたのに、今度は進んで教えてくれるのだろうか。
 少し戸惑いながら、
「えぇと、興味はあります。でも、知るのが怖くもあるし、知らなかったところであまり今後に影響はないかな、とも思います」
 言葉が途切れるや否や、先生はくつくつと笑いだした。
 自分でも微妙な返答をした自覚はあるけれど、笑われるほどか、と考えればそこまでではないと思う。
 でも、ちょっと臆病すぎる返事だっただろうか。
「御園生さんは柊ちゃんとは違った意味で面白い子ですね。意外でした」
 こんなふうに笑う先生を見るのは初めてで、「こちらこそ意外です」と思いながら先生を眺める。と、私の観察に気づいた先生は、穏やかな笑みへと表情を変えた。
「本当は、そんな隠し立てするような内容でも、御園生さんが怖がるような内容でもないんです」
 なら、どうしてさっきは教えてくれなかったの……?
 思っていたことが顔に出たのかもしれない。先生はクスリと笑い、
「それでは、先ほど答えなかった理由も含めてお話させていただきましょう」
 ぜひともお願いします。
 思わず頭を下げると、そこでまたクスクスと笑われた。
「僕たちはまだ五回しか会ったことがありません。レッスンを重ねれば、いずれ人となり程度はわかるようになるでしょう。でも、レッスン時に無駄話をする余裕はありませんからね。互いが打ち解けるにはもう少し時間がかかるでしょうし、レッスン時における、御園生さんの余計な力が抜けるのにも時間がかかるでしょう。そのあたりを早期に解消したかったので、本日のコンサートにお誘いさせていただきました」
 つまり……レッスン外で会い、会話を重ね互いを知ることで、私の緊張を解こうとしてくれた、ということ……?
「学祭というちょうどいい機会はあったのですが、残念ながら僕はあまり話の引き出しが多いほうではないので、あらかじめ話題をいくつか用意していたしだいです」
 ……もしかして、その話題というのが「私を受け持とうと思った理由」?
 予想だにしない告白に、私は呆然としてしまったわけだけど、
「何か反応をいただけると嬉しいのですが……」
 苦笑を見せる先生の催促に、思わず声を立てて笑ってしまう。
「御園生さん、ひどいですよ……」
「だって、まさかそんな理由だとは思わないじゃないですか……。でも、嬉しいです。今のお話でだいぶ緊張は解れたように思います」
「でしたら何よりです」
 幾分か砕けた雰囲気に、呼吸がしやすくなった気がした。
 先生も私ほどではないにせよ、緊張していたのかもしれない。
「お近づきになろう」という趣旨が含まれるのなら、こんな会話もありかな……。
「先生もお話するのは苦手ですか?」
「そうですね。ピアノリサイタルで一切のMCを放棄する程度には苦手です」
 そんな返答に笑みを漏らすと、
「御園生さんも『お話』は苦手なようですね」
「はい。でも、相手の方も自分と同じだと思うと、肩の力が抜けるみたいです」
 そう言って、私たちはまた笑った。