工房奥のエレベーターへ向かう。と、人通りの少ないそこには木の香りが停滞していた。
「新築の匂い……。まだ、新しいですよね?」
「十月にオープンしたばかりです。もともとは音楽学部一号館の一階にスペースをいただいていたんですが、色々と手狭でして、大学側と協議した結果、画材店とうちの店をひとつの建物に入れようとういう話にまとまりました。ですので、この建物の半分は七倉堂という画材店です」
 三階に着きひとつの部屋へ入ると、そこには見覚えのある家具たちがレイアウトされていた。
 ……このセンターテーブルは螺鈿細工を施した特注品だし、ソファに張られている布は、数年前に黄叔父さんがイギリスで買い付けてきたヴィンテージもの……。
 おばあちゃんがとても気に入って、余り布でクラッチバッグを作ったと見せてくれたからよく覚えている。
 確か、生地の都合で二点しか作れないソファだったはずだけど、それが二点ともここにあるなんて――。
 窓際に置かれているデスクや壁際に置かれたキャビネット。どれを見ても馴染みある家具ばかり。
 ここに置かれている家具はすべて、城井アンティークの品ではないだろうか。
 お得意様なのかな……。
 そんなことを考えつつ、応接室には似つかわしくないものへと視線が移る。
 どうして応接室にグランドピアノがあるんだろう……。
 不思議に思っていると、
「あぁ、ピアノですか?」
「あ、はい……」
「ここには僕も来ることが多いので、いつでも弾けるように置かせてもらっているんです。ちゃんと防音設備も整ってますよ」
 なるほど納得。さすがは御曹司。
「さて、飲み物のお好みは? コーヒー、紅茶、緑茶とご用意できます。来客用なので、そこそこ美味しい銘柄ぞろいですよ」
 カフェの店員さんのような笑顔で尋ねられて、ちょっと困る。
 こういうとき、人は「遠慮される」予想はしても、「断わられる」予測はあまりしていない。だから、控えめに断わったところで二度目の「いかがですか?」がやってくる。
 何がだめとかこれがだめとか、あまり人に話したいことではないけれど、今後何度も接する人が相手なら、一度は通らなくてはならない道でもある。
 あぁ、何を考えるでもなく「紅茶でお願いします」と言えたらいいのに……。もしくは、ある日突然体質が変わって、カフェインが摂れるようになったりしないかな……。
 私はそんなことを考えながら、お断りの文章を組み立てる。
「私、ミネラルウォーターもお茶も持ってきているので大丈夫です。実は、カフェインと胃の相性が悪くて……」
 控えめに笑みを添えると、先生は申し訳なさそうな顔をした。
「それは想定していませんでした。次からはノンカフェインのものも用意させなくては……」
 愛想笑いで受け流すと、
「それでは、僕の分だけオーダーさせていただいてよろしいですか?」
「もちろんです」
 先生はデスクに置かれた電話に手を伸ばし、
「すみませんがコーヒーをひとつお願いします。僕の分なので、インスタントでかまいません」
 私が飲まないのならインスタントでかまわない、と言う先生に、「ビジネス=経費削減」などという方程式が頭に浮かんだ。