結局、私は大学内にあるという仙波楽器へ連行され、柊ちゃんはひとりで学祭を回ることになってしまった。
 一緒に見て回るの、楽しみにしてたんだけどな……。
 でも、車椅子の私が一緒ではたくさんのものは見て回れなかったかもしれない。そこからすると、ひとりで回ることにも利点があるように思えるけれど、私が柊ちゃんだったらどう思っただろう……。
 さっきは柊ちゃんと一緒だったから、周りに溢れる音や光景を楽しむことができた。でも、ひとりきりだったら……?
 心細くなってお祭りを楽しむことはできなかったかもしれない。
 そもそも、ひとりだったら学祭に来ていたかすら怪しい。
 柊ちゃんは大丈夫だろうか……。
 ひとりにさせてしまった罪悪感をひしひしと感じていると、
「柊ちゃんなら大丈夫ですよ。あの子はどんなところでも、どんな状況でも楽しめる子だし、聖くんと合流しようと思えばできます」
「でも、聖くんは女の子と一緒でしたよ?」
「御園生さんは柊ちゃんがそんなことを気にすると思うんですか?」
「えぇと……気にしないんですか?」
「だって、柊ちゃんですよ?」
 そうは言われても、柊ちゃんとだってまだ数え切れるほどしか会ったことがないのだ。そこまで詳しく知りはしない。
「さ、あそこが仙波楽器倉敷芸術大学出張所です」
「え……?」
 先生が指し示したのは、林の手前に建つ白さが際立つ建物。
 横に長い三階建てのそれは、近代アートを彷彿とさせるデザインだ。一見してカフェのように見えなくもない。
 棟の中にあるんじゃないの……?
 教室の一室を事務所のように使っていると思い込んでいた私は驚かずにいられない。
 入り口を入って右側は、明らかにショップのつくりだった。
 木製の本棚やラックが配置され、楽譜や五線譜、楽器の消耗品が所狭しと並んでいる。そして、その隣には十分な広さが確保された工房。
 今もふたりの職人さんが、ガラス張りの室内で楽器の修理をしている。
「ショップと工房……?」
「ま、そんなところですね。スコアの取り寄せもできますし、楽器の修理も受け付けます。二階には楽器も置いていますよ」
 言いながら、先生はレジの人に声をかけた。
「第一応接室を使いたいのですが、空いていますか?」
「はい、空いています。今日は第三応接室にしか使用予定はございません」
 先生は女の人が手にしていたスケジュール表を覗き込むと、納得した様子で「行きましょうか」と車椅子を押し始めた。