コンサートは二時間にわたって行われ、すべての演奏が終わると私は放心状態に陥っていた。
 いつもなら、演奏される曲目を前もって勉強してから演奏会へ臨む。けれども、今回は当日まで曲目リストがわからなかっただけに、聴いたことのある曲から知らない曲まで実に様々だった。
 さらには、奏者たちの熱や久し振りの生音に触れて全神経飽和状態。
 観客が次々と席を立つ中、私たち三人は客席に留まったまま。
 私においては完全脱力状態で、天井に埋め込まれているライトを見上げてぼーっと放心する始末。
「翠葉ちゃん、大丈夫? 魂抜けちゃったみたいな顔してるよ?」
「ん……なんか、久し振りの生演奏で……頭の中がわーってなってる。……音の洪水。情報量多くて、ただいま処理能力低下中。若干熱暴走気味」
 そんなふうに答える私を、柊ちゃんも先生もクスクスと笑って見ていてくれた。
 顔かな、頭かな? なんか、熱い……。
 自身の手を添えると、先生の手も伸びてくる。
 気持ち的にはよけたいと思っていた。でも、反射神経が作動してくれない。そんな感じ。
 骨ばった大きな手が頬に添えられ、
「顔、結構熱を持ってますね。演奏に当てられちゃいましたか?」
「そうかも、です……」
 なんとなしに携帯の電源を入れ、バイタルをチェックする。と、三十七度四分。
 昨日は三十七度二分以上にはならなかったところからすると、少し高い気はする。
 でも、人ごみに入って風邪をもらった気はしないし、際立った倦怠感もない。やっぱり演奏に当てられたのだろうか。
 携帯をじっと見ていると、
「それ、何?」
 柊ちゃんに尋ねられ、自分のバイタルが表示されることをかいつまんで話す。と、
「微熱ですね。足の怪我から来てるのか……。少し休みますか?」
 先生の言葉を疑問に思う。保健室や救護テントへ行こうと言われているのだろうか。
 ぼんやりと考えていると、
「構内に、うちの会社の出張所があるんです」
 出張所……?
 先生はすぐに車椅子の準備を始め、キラキラしていた柊ちゃんの目が曇りだしてはっとする。
「あのっ、大丈夫ですっ。解熱剤も持ってきているのでっ」
 今度は作動してくれた反射神経に感謝する。けれども、
「なら、薬を飲んで、薬が効いてくるまではおとなしくしていてください」
 有無を言わさない先生と柊ちゃんの心配顔に、私は「はい」と答えざるを得なかった。