「差別じゃなくて、ケ-スバイケース。趣味でマイペースに進めたい生徒さんに受験生並みの課題を出しても苦になるだけだし、ペース配分をきちんと考えなくちゃいけない受験生を、その子のペースに合わせて指導しても受験に間に合わなくなるだけ。どちらもいいことはないでしょう? 望まれるところに望まれたものを――需要と供給、ビジネスの基本だよ」
「ビジネス」の言葉に深く納得したと同時、先生の言葉遣いが私と柊ちゃんで違うことに気づく。
 柊ちゃんには割と砕けた口調だけれど、私には丁寧語。
 ビジネス――そこからすると、私は「お客様」だからかな……?
 そんなことに気を取られていると、
「そういえば、前から不思議に思ってたんですけど、先生、受験生は受け持たない契約じゃないですか。どいうして急に受験生持つ気になったんですか? リサイタルの本数が減ったわけでもないのに」
 これは気になる質問だ。
 そろりと後ろを振り返ると、
「はい、美術館に到着。ここから私語は厳禁です」
 先生は有無を言わさずにこりと笑い、美術館の敷居を越えた。

 美術館では思わぬ人物に会った。
 それは柊ちゃんの双子のお兄さん。
 聖くんは時々お教室で見かけることがあるけれど、柊ちゃんほど頻繁に会うことはなく、この日も数ヶ月ぶりに会うという程度には久し振りの再会だった。
 しかし、声を挙げた瞬間に仙波先生に睨まれ、私たちは唇を動かし「バイバイ」と小さく手を振るに留めた。
 その際、聖くんの隣に立つ背の高い女の子に目を奪われた。
 飛鳥ちゃんよりも背が高いその人は、細身のジーパンにチェスターコートという服装。
 抜群のスタイルが目を引いた理由ではあるけれど、ほかにも要因はある。
 おそらくはハーフ。そんな顔立ちの彼女は聖くんのお付き合いしている人だろうか。
 ひとつの絵を前に凜と佇む様が印象的で、ふとすれば、その姿が一枚の絵に思えるほど。
 その彼女に寄り添い立つ聖くんは、混雑から彼女を守っているように思え、いつもより格好良く映った。
 どこがどう、と説明することはできない。でも、柊ちゃんと一緒にいるときに見せる顔や、私に向けられる笑顔とは明らかに違って見えたのだ。
 こういうのを「男の子の顔」っていうのかな……。
 外で「彼氏彼女」という人たちを見ることがなかった私にはとても新鮮な光景で、ぱっと見ただけで「恋人」とわかる雰囲気や寄り添い具合が、本から抜け出た主人公たちのように思えた。
 恋人とは必ずしもそんなふうに見えるのだろうか。
 私とツカサが並ぶとき、人にはどんなふうに見えるのかな……。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、普段は触れることのない絵画や陶芸、彫刻作品を堪能して美術館を出てきた。