広場には色んな人がいる。
 ドレスの上にコートを羽織ってチケットを捌いている人や、ドラムセットひとつで単独演奏をしている人。大きなキャンバスに大まかな下書きのみで色を載せていく人。行き交う人に声をかけ、似顔絵を描く人。焼き鳥の匂いに乗ってきたのは、陽気なリズムの焼き鳥を作る歌。
 芝生広場にはステージがあり、ミュージカル科の生徒と思しき人たちがダンスと歌を披露している。
 道の脇にテーブルを並べパイプ椅子に座っている人たちは、ポストカードや陶器のアクセサリーを売っていたり。
 なんだか、そこかしこに人の手から生まれたものが、人が作り出したものが溢れている。
 高校とはまったく違う雰囲気を肌で感じていると、隣の柊ちゃんは両手で口を押さえていた。
「柊ちゃん、どうしたの?」
 そわそわしている柊ちゃんは私に視線を落とすと、
「こんな楽しそうな場所にいたら歌いたくなっちゃうよねっ!?」
「えっ?」
「う~……歌いたいっ! 歌いたい歌いたい歌いたーーーいっっっ!」
 絶叫に近い自己主張に驚いていると、柊ちゃんのポケットからコミカルな音が鳴り出した。
「あ、先生だ。はいはいもしもし柊でーすっっっ!」
 電話には大きすぎる応答に、先生の耳が心配になる。
 恐る恐る柊ちゃんを見上げると、
「あ、切れた」
「え?」
「てへっ、通話、切られちゃった」
 にへら、と笑いながら柊ちゃんがかけなおそうとしたとき、
「柊ちゃん、君は僕の耳を壊すつもりなのかな? ん?」
 前方から口元を引きつらせた先生が現れた。
「えへへ~……。ここにいたらなんだか楽しくなっちゃって、歌いたくなったところへ電話が鳴ったもので……」
「君にはぜひとも電話使用時における適度な話し声を学んでもらいたい」
「ごめんなさい」
 柊ちゃんが腰を折って謝ると、先生も同じように頭を下げた。
「こちらこそ、待ち合わせに遅れてすみません。構内を歩いていたらピアノの調整を頼まれてしまって……」
「ピアノの調整って……調律、です?」
「はい」
「先生、調律もなさるんですか?」
「まぁ、家が家なので」
 おうち……?
 意味がわからずに先生を見上げていると、
「話してませんでしたか? うち、楽器屋さんなんです」
 え? 楽器屋さん……?
 ――えっ!? 楽器屋さんって、仙波って、もしかして――
「天下の仙波楽器、です……?」
「そうだけど……でも、天下のって、何……?」
 先生はなんでもないことのように笑っているけれど、天下も天下だ。
 音楽になじみがある人で国内大手の仙波楽器を知らない人はいない。