ツカサが運転席に乗り込むと、静かなエンジン音を発する車がゆっくりと発進した。
 蒼兄の車よりも車内は広い。でも、ふたりきりになる空間としては断然狭い屋内なわけで、やっぱりちょっと緊張してしまう。
 けれど、少し好きなところもある。
 いつもはじっと見つめることがかなわないツカサも、運転に集中しているときはしばし見つめることができるのだ。
 昨日はチェック模様のシャツの上にグレーのパーカという服装だったけれど、今日は黒いハイネックの上にグレーのデニム地ジャケットといった服装。
 落ち着いた色味にジャケットという格好が、普段よりも大人びた印象に感じられ、玄関が開いた瞬間に見惚れてしまった。
 すぐに自分のことへ話が振られたため何を言うこともできなかったけれど、何か言える間があったとして、何かを言えたかは定かじゃない。そこからすると、私もツカサのことは言えない気がした。
「何?」
 私の視線に気づいたツカサはチラ、とこちらに視線を向けた。
「えぇと……今日はジャケットなんだな、って」
 ほら、言えない……。
「似合ってる」とか「格好いい」の一言ってこんなに口にしづらい言葉だったっけ……?
 言われる側じゃなくて言う側なのに、いざ口にしようと思うと恥ずかしくなって口を閉じてしまう。
 一感想、一褒め言葉。されど感想、褒め言葉……。
 どうしたら秋斗さんや唯兄みたいにさらりと人を褒められるようになるだろう。
 そこまで考えて、ちょっと違うかな、と思う。
 相手が唯兄や秋斗さん、蒼兄や友達なら何を思うことなく感想を言える気がする。相手がツカサだから恥ずかしくなってしまうのだ。
 うーん、好きな人が相手って難しい……。
 すると、隣のツカサは自分の服装に視線を落として無表情になっていた。
「あっ、あのっ、変とかじゃないよっ!? いつもより大人っぽく見えるなって――」
 言ってしまって頬が熱を持つ。
 わわわ、どうしようっ!?
 わたわたしていると、ツカサに頬をツンとつつかれた。
「さっきの俺の気持ち、少しはわかった?」
 呆れたような表情のツカサに、私はコクコクと頷くしかなかった。