エレベーターに乗っても無言の俺に、
「……本当に似合ってる?」
 翠に改めて尋ねられた。その表情は不安を訴えている。
 不安にさせているのは自分の態度が原因とわかりつつも、なんと答えようか考えあぐねていると、
「今ならまだ引き返せるから本当のことを言ってほしいのだけど……」
 声は徐々に小さくなっていく。
 さらには、自分の着ている洋服をあちこち見ながら、
「もうちょっとカジュアルな格好のほうが良かったかな……。でも、演奏会って言われたし……」
「……いや、本当に似合ってるから問題ない」
 翠は不服そうな面持ちで俺を見上げる。
「何……」
「問題ないって言う割に目逸らす……」
 少しは俺の心情を察するなりなんなりしてくれると助かるんだけど……。
 エントランスに高崎さんがいてくれると助かる。あの人なら、翠を見れば褒め言葉のひとつやふたつ、口にしてくれるだろう。
 エレベーターが一階に着きエントランスに目をやると、数メートル先に秋兄の姿が見えた。
 なんで――今一番会いたくない人間がどうしてこうピンポイントでいるかな……。
 俺たちに気づいた秋兄は満面の笑みで寄ってくる。
「翠葉ちゃん、こんにちは。すっごくかわいい格好しているね。優しいピンクのワンピースに巻いた髪の毛が良く似合ってる。まるで可憐な花みたいだ」
 呼吸をするような自然さで、翠を褒める秋兄が宇宙人に思えた。唯さんや御園生さんであってもここまで褒めはしないだろう。否、唯さんならありうるか……。
 わかることと言えば、これから先何度こんな機会があろうとも、翠を目の前にここまでの賛辞を並べられない、ということくらい。
「本当に……?」
 翠は自信なさそうに、そして縋るような目で秋兄を見上げていた。
 あぁ、ものすごく嫌な展開だ……。
「俺が嘘をつくとでも?」
 翠は左右に首を振る。
「でしょう?」
「でも、大学の学園祭に行くのにはかしこまりすぎじゃないですか?」
「そうかな? 学園祭とはいえ、演奏会なんでしょう? なら、全然おかしくないよ。かしこまってるというよりは品がいいだけ。堅苦しくなく、それでいてきちんと見えるかわいい格好。何より、ステージに立つ人は正装しているんだろうから、釣り合った格好じゃないかな」
 翠はその言葉にほっとしたのか、「良かった」と表情を和らげた。
 実に面白くない……。