「今日は思ったことを全部話してくれるのね?」
「そう……?」
「うん。いつもなら、隠されて教えてもらえないようなことまで聞かせてもらえてる気分」
 翠があまりにも嬉しそうに話すから、いつもより滑りやすくなっているらしい口は、さらに滑りを良くした。
「翠こそ……昨日から、なんかやけに近く感じるんだけど」
「近く……?」
「ボディータッチが多いというかなんというか……」
 口にした途端、翠は真っ赤になって振り返ることをやめた。すなわち、背を向けられ表情を隠された。そして、「そんなことないものっ」という言葉が追加されたわけだけど、
「あると思うんだけど……」
 翠の背中をじっと見ていると、翠は不本意そうに顔だけをこちらに向けた。
 その顔は赤いまま。
「色々、思うところがあって――」
 小さすぎる声は、下手したら風の音に負けてしまいそうだった。
 何か必死に考えているような翠に、
「思うところって……?」
 合いの手になるような言葉をかける。と、ようやく視線を合わせた翠は、戸惑いながら言葉を続けた。
「触れ合うことの大切さを少し理解したというか……」
「それ、どこら辺に何を感じてどう理解したのかが知りたいんだけど」
「全部話さなくちゃだめ……?」
 翠は恨めしそうな目で俺を見る。
「つい先日、『話して分かり合おう』って結論に至らなかったっけ?」
「それはそうなのだけど……」
 翠はもごもごと口にしながら口を閉じた。
 何度か深呼吸を繰り返すと、
「……今まではね、手をつないだりすると、嬉しかったり安心感を得られるだけだったの。でも、それとは違う感覚があったというか……」
 言葉を探しながら話しているのだろう。口を閉ざしては再度口を開く。
 まるで不器用な魚が息継ぎをしているみたいだ。
「たとえば、言い合いをしたあとに手をつないだり、ツカサの身体に触れると、気持ちがしゅわってなる」
 は……?
「しゅわ……?」
 それ、どんな字を書く言葉? それとも、擬音語?
「えぇとね、入浴剤の塊が、お湯に溶けてなくなるみたいな感じ」
 あぁ、擬音語ね……。
「心がしゅわってなる。昨日もそうだったの。帰宅する直前、ちょっと言い合いになっちゃったけど、でも、ツカサに触れたらしゅわって……音を立てて心が軽くなったような気がしたの」
 翠のたとえは独特すぎる。けれど、言っていることをまったく理解できないわけではなかった。
 あのとき、俺が感じたのは気恥ずかしさだったけれど、それは自分が口にした言い訳染みた言葉に対してであり、翠が添えた手に対しては別の思いがあった。
 ひどくくすぐったいくせに嬉しくて、妙に意識している自分が悔しく思えた。
 でも実際は、翠も何かを感じていて、それを翠の言葉にすると「心がしゅわっとした」になるのかもしれなくて――。
 なんだ、あのとき手を意識したのは俺だけじゃなかったのか……。
 リアルに昨夜のことを思い出せば、それだけで顔が熱くなる。
 顔の熱はとどまることなく上がり続け、翠を正視できずに顔を逸らす。と、
「もうっ、ツカサが話せって言ったから話したのに、無言とか顔を背けるとかひどいっ!」
 そうは言われても……。
 俺は小さな声で、「わからなくはない」と答えるのが精一杯だった。