金木犀の次に現れたのは柊の木。
 翠は「かわいい」と呟きながら、白い蕾に指先で触れる。
 俺からしてみたら単なる花だけど、翠にとっては違うのか、まるで話しかけるように、慈しむように笑いかける。
 あまりにも優しく笑いかけるものだから、花になりたいなどと思ってしまった。
 細い通路が終わり開けた場所に出ると、小菊の群生に迎えられた。
 翠は立ち上がりそうな勢いで、
「きれいっ! きれいきれいきれいっっっ!」
 近くの小菊をじっと見ていたかと思えば空を見上げ、紅葉にもため息を漏らす。
「すっごくきれいね? 全部紅葉するまでにはもう少しかかりそうだけど、緑と黄色と赤と全部見られてすっごく贅沢っ!」
「喜びすぎだし……」
 まるで子供のようにキャッキャと騒ぐ翠に満足した俺は、近くにあるベンチへ腰を下ろした。
 こんなに喜んでいるところに水を差したくはないが、今後のことを話し合わなくてはいけない。
 翠が二度とこんな怪我をせずに済むように。
「翠」
 振り返った翠は、俺の顔を見て笑みを消した。
 そして、話し出した俺の声にかぶせて自身の発言を優先させる。
 翠にしては珍しい行為で、俺は聞く側に回ることにした。
「ツカサ、あのね、私、人と行動しようと思うの。……本当はね、昨日も佐野くんがウォーミングアップに付き合ってくれるって言ってくれたの。私はそれを断わってひとりで行動していたのだけど、もし佐野くんと一緒だったらこんなことにはならなかったよね。だから、これからは校内で人と行動するように心がけようと思うの」
 俺は何を言うこともできなかった。
 俺の提案は、警備員または警護班を動かす、といったものだったからだ。
 警備員や警護班を動かすということは、藤宮の力を使い、藤宮との関係を主張することであり、今まで以上に特異な目で見られることになる。
 一方、友人と一緒に行動するだけならば、特異な目で見られることはない。
 ものすごく簡単な方法なのに、一晩かけても俺の選択肢には挙がらなかった。
 友人……友人、か――。
 その言葉に、去年のことを思い出す。
 朝陽やケン、優太、久先輩が友人として駆けつけてくれたあの日のことを。
 周りの人間をまったく頼れないと思っているわけではない。でも、まだこういった場で「頼る」という選択肢が自分の中に挙がらない。もう少し時間があれば、いつかは頼れるようになる気がするけれど、そんな日が訪れる前に高校を卒業している気がする。
「ツカサ……?」
「……いいと思う」
「……本当に? なんか、複雑そうな顔をしているけれど……」
 それは……。
「俺は警備員や警護班を動かそうと思ってたから」
「それは嫌」
「言うと思った」
「なら回避して」
「……俺には友人を頼るって考えが思い浮かばなかった。そのことに問題があるようなないような、ちょっと複雑な気になっただけ」
「納得……」
 言って翠は笑う。