藤山へ移動すると翠を車椅子に乗せ、庵から少し離れた場所にある入り口へ向かった。すると、
「ツカサ、いつもと道が違う……」
「あぁ、前に通った道は、光朗道の中でも春とか夏のルートだから」
「え……?」
「この区画、全部で四つに分かれてて、ルートが春夏秋冬に分かれてる。庵脇の通路は夏通り。藤棚を右に行くと春通り。今向かっているのは秋通り。それぞれ四季折々の花が楽しめるようになってる」
 翠はぱっと目を輝かせ、
「初めて知った!」
 あまりにも嬉しそうな様に面食らう。
「秋兄あたりから聞いてるかと思ってた」
「ううん、知らないっ、初耳!」
 翠はいてもたってもいられない、といったふうに、通りの先に立ち並ぶ植物を気にする。
 通路に入ってすぐ迎えてくれたのは金木犀と銀木犀。しかし、花期が終わった木は深碧しんぺき色の葉が茂るのみ。
「これ、もしかして金木犀……?」
「そう。金木犀と銀木犀が交互に植わってる。残念ながら花期は終わってるけど」
 地面には小花の残骸と思われる茶色い花がらが落ちていた。
「わー……残念。すっごく残念。十月頭に来れば幸せな香りを堪能できたのに。今年は金木犀の香り、嗅ぎ逃しちゃった。ツカサは今年、どこかで金木犀の香りに出逢った?」
「香りに出逢った」という言葉の選択に翠らしさを感じつつ、
「庭にも弓道場の周りにも植わってるから毎日嗅いでたけど……」
「羨ましい~……」
 翠は身体を前へ倒すほどに残念がる。
「金木犀の香り、好きなんだ?」
「あの香りを嫌いな人なんていないでしょうっ!?」
 香りの好みは人それぞれだと思うけど……。
「もしかして、ツカサは好きじゃないの?」
「いや――」
 そうは答えたけれど、その先に続く言葉を持ち合わせてはいなかった。
「ツカサ……?」
「……秋になれば毎年香る香りってだけで、好きとか嫌いとか考えたことがなかった」
 それが正直なところ。
「じゃ、今考えて? 好き? 嫌い?」
 期待に満ち満ちた目が見上げてくる。
 こういうところ、ものすごく零樹さんに似てる……。
「あのさ、そこまで期待に満ちた目で訊かれて嫌いって言える人間がいるなら会ってみたいんだけど……」
「え? 強要しているつもりはないのよ?」
 どうだか……。
 でも、毎日香るそれを不快に思わなかったことを鑑みると、嫌いではないのかもしれない。