救急の診察室から出てきた翠は、とても気まずそうな顔をしていた。
「足、どうだったの?」
「えぇと……言わなくちゃだめ?」
 上目遣いで見てくるところを見ると、何かしら異常があったのだろう。
「ここまできて隠すとか、なしだと思うんだけど」
「そうですよね……」
 翠は苦笑を貼り付けわかりやすくうな垂れた。
 数秒して身体を起こすと、口を小さく開いて話し出す。
「そんな大々的に入っていたわけじゃないし、ギプスする必要もないのだけど、足はひびが入ってました」
「つまり、全治一ヶ月から二ヶ月。二週間から三週間は車椅子生活?」
「はい……」
「手首は?」
「手首の骨には異常がなくて、昇さんに言われたのと同じ。筋を違えちゃったんだろうね、って。こっちも時間の経過で治るからしばらくは負荷をかけないように、って。痛みがなくなったらピアノの練習と松葉杖を使ってもいいですよ、って……」
 俺の様子をうかがいながら話す翠は、どこか怯えているようにも見える。
 なんかここ数日、こんなことばかりな気がする……。
 そんな目で見られることに耐えられず、翠の背後に回り車椅子に手をかけた。
「なんでそんなに怯えた目で見るわけ?」
「なんとなく、怒られそうな気がして……?」
「翠を怒る理由はないだろ。怒りを覚えるのは怪我をさせた人間たちに対してだ」
「……先輩たちはきちんと罰を受けてるよ?」
「罰を受けたからといって翠の怪我が治るわけじゃないし、怪我している間の時間をどこかで取り戻せるわけでもない。そういう意味では、罰なんて加害者を許すための過程であり、良心の呵責に苛まれた心を救うための手段でしかないと思う。もっとも、自我を優先させて他人に怪我を負わせるような人間に良心なんてあるのか甚だ疑問だけど」
 そこまで言うと、翠は何も言わずに俯いてしまった。

 外へ出ると、雲の切れ間に秋らしい青空が覗いていた。
「曇りって言っていたけど、多少は陽が望めそうだな」
 その言葉に翠も空を見上げる。
「本当だ……。今日、朗元さんは庵にいらっしゃる?」
 期待が含まれる問いかけに、若干不満を覚える。
「いや、昨日連絡したら来客があるって言ってたから屋敷にいると思う」
「そうなのね。久し振りにお会いしたかったな……」
 近場とは言えども今日はデートのはずなんだけど、翠はそのあたりどう捉えているのか……。
 問いただしたい衝動を堪えつつ、
「翠から連絡すればいいのに」
「連絡って……私、朗元さんの連絡先なんて知らないもの」
 合点がいった。それなら藤山を訪れるたびに会いたがるのも頷ける。
「なんなら教えるけど?」
 それでデートがじーさん訪問にすり替わらなくなるのならお安い御用。
「……お忙しいところに電話するのは気が引けちゃう」
「翠からの連絡なら嬉々として取りそうだし、忙しくても時間を作りそうな勢いで気に入られてると思うけど?」
「本当? 本当だったら嬉しいな……」
 そんな不安そうな顔しなくてもいいのに……。
 陶芸作品や紫紺のアクセサリーに振り袖――じーさんからここまで贈り物をもらう人間などめったにいないのだから。
 でも、それはうちの基準か……。
「近々、じーさんの予定を聞いておく。紫苑祭も終わったから、放課後に少し庵に寄るくらいのことならできるだろ?」
「うん……」
 未だ不安そうな翠が不敏に思え、
「大丈夫。翠が会いたいって言ったら絶対喜ぶから」
 翠の頭に手を置くと、翠は小さくはにかんだ。
 ただ手を乗せただけなのにこんな嬉しそうな顔をされると、なんだか癖になる……。