顔の熱を冷まそうと、ツカサが手で扇ぐ様は非常に珍しい。
 そんな姿を観察しつつ、車椅子からベンチまでの距離を意識する。
 ツカサの隣に移動したい。もっと近くに行きたいな……。
 でも、今だって一メートルちょっと離れているだけで、さほど離れているわけではない。
 ベンチへ移動したら変に思われるだろうか。
 怪我さえしていなければ、車椅子からの移動という大きなハードルはなかったのに……。
「ベンチに座りたいなら手、貸すけど?」
「えっ!? あっ、そういうわけじゃなくてっ――」
 急に声をかけられて、変に戸惑ってしまった自分にうろたえる。
「そういうわけじゃなくて」なんて言ったけど、しっかりばっちりその通りだ。
 ドキドキしながらツカサとベンチを見比べていると、「どうするの?」と言わんばかりに首を傾げられる。
 ツカサは何も思っていないかもしれない。でも、一度意識してしまった私はどうしようもなく恥ずかしいわけで――。
「気づいてくれなくて良かったのに……」
 こんな言葉を零してしまう始末だ。
 ツカサはわけがわからない、といった顔をしている。
「気づかれなかったらさりげなくベンチに移動できたのに……」
 それこそ強がりというもの。
 気づかれても気づかれなくても、ベンチへ移動するのはとってもハードルが高かった。
 唸りたい気分で黙り込んでいると、ツカサは左手側に手を差し出してくれた。
「別に、俺が気づいても気づかなくても、座りたいならベンチに座ればいいって話じゃないの?」
 カバ……そんな簡単じゃないんだから。
 ツカサに左手を預けると同時、少し恨めしい思いでツカサを見上げる。
 ツカサは私の隣に並ぶのとか、全然意識せずにできちゃうのかな……。
 そんなことばかりを考えていたからか、ツカサに引き上げられた際にバランスを崩した。
「っごめん――」
「いや、いいけど、足大丈夫だった?」
「それは大丈夫……」
 大丈夫じゃないのは心臓かも……。
 ツカサにしっかりと抱きとめられて、心臓がバクバクいってる。
 こんなことは珍しくないけれど、今日ばかりは昨日の上半身裸のツカサを思い出してしまって、いつも以上のドキドキに見舞われる。
 おかしいな……。昨夜は意識せずに「ぎゅってして」って言えたのに……。
 どうしようどうしようどうしよう……。
 そうは思うのに、もう少しここにいたい。このままくっついていたいという思いも強く感じる。
「翠……?」
「もうちょっと……もうちょっとだけこのままいてもいい?」
 ツカサは何も言わずに背中へ手を回し、抱きしめなおしてくれた。