十二時半を回ると車椅子を押したツカサがやってきて、何を言うより先に車椅子へ座ることを強要される。
 外に出て感じたのは、視界が一気に低くなったということ。それに付随して思うことがひとつ……。
「車椅子の威力ってすごいよね」
「は? 威力って?」
「そこまでひどい怪我をしているわけじゃないのに、これに乗るだけでとっても重症な怪我人に見えない?」
「いや、俺は立派な怪我人だと思ってるけど……」
「そんな……ちょっと腫れてるだけだもの……」
「それ、『ちょっと』で済んでたならレントゲンを撮る必要はなかったと思うし、今だって普通に歩けてるって話じゃない?」
 そこまで言われたら何を言うこともできない。
 私は口を噤み、手持ち無沙汰に膝に乗せたバッグの中身をチェックし始めた。

 救急センターへ行くと、すぐにレントゲン室へ案内された。
 待ち時間ゼロ分とは、車椅子以上のVIP待遇だ。
 具合が悪い人たちに申し訳なさを感じつつ、呼ばれた診察室へ入ると、夜間救急でお世話になったことのある先生に迎えられた。
 検査の結果も診察の内容も、昨夜昇さんが言っていた内容とほぼ同じ。
 違うことと言えば、治るまでの期間や車椅子使用期間を提示されたことだろうか。
 ひびが入っていて全治二カ月だなんて、ツカサになんて話したらいいものか……。
 重い足取りで診察室を出ると、ドアのすぐ近くで腕を組んだツカサが仁王立ちをしていた。
 否、実際はそんなふうではなかったかもしれない。ただ、私にはそう見えた、という話。
 視線が合うと開口一番、
「足、どうだったの?」
 立っている人と座っている人――ただそれだけの差で、どうしてこんなにもぺしゃんこになりそうな気分を味わえるのだろう。
「えぇと……言わなくちゃだめ?」
「ここまできて隠すとか、なしだと思うんだけど」
「そうですよね……」
 何せ、家まで迎えに来てくれたうえ、病院まで付き合ってくれているのだ。
 それでも、怒りに震えていた昨日のツカサを思い出せば、言いづらくなるというもの。
 私は諦めの境地で口を開き、押せるだけの念を押してみることにした。
「そんな大々的に入っていたわけじゃないし、ギプスする必要もないのだけど、足はひびが入ってました」
 だめだ……。念を押しても何しても、「ひびが入っていた」という言葉がすべてを無に帰す。
「つまり、全治一ヶ月から二ヶ月。二週間から三週間は車椅子生活?」
「はい……」
「手首は?」
「手首の骨には異常がなくて、昇さんに言われたのと同じ。筋を違えちゃったんだろうね、って。こっちも時間の経過で治るからしばらくは負荷をかけないように、って。痛みがなくなったらピアノの練習と松葉杖を使ってもいいですよ、って……」
 自分の口から出ていく言葉に敗北感を覚えながらツカサを見上げると、ツカサは何を言うこともなく背後へ回り、静かに車椅子を押し始めた。