夕飯が終わり食後のお茶やコーヒーが運ばれてきたときのこと。
「翠、薬は?」
「あ、お部屋……」
 すぐに取りに行くのかと思えば、翠は自室で飲まないかと提案してきた。
 反対する理由もとくになく、俺たちは人の輪から抜け翠の部屋へ移動した。
 翠は自室へ入るとボックスタイプの籠から薬を取り出す。そのとき、気になるものが目に入った。
「それ……」
「え? どれ?」
「その脇に入ってるやつ」
 曜日が書かれた薬などそう多くあるものではない。しかも、錠剤の台紙に書かれた薬名に思い当たるものはひとつしかなかった。
「ピル、やめたんじゃなかったの?」
「あ……一度はやめたのだけど、久住先生でも生理痛のコントロールをするのは難しくて、結果的には婦人科へかかることになったの。だから、先月からかな? ピルの服用を再開したの」
「子宮内膜症か何か……?」
「ううん。再度検査もしたけれど、子宮内膜症でも子宮筋腫でもなかったよ。でも、あまりにも生理痛がひどいから、って」
「ふーん……じゃぁ、あとは翠の気持ちしだいなんだ?」
 何気ないふうを装って尋ねると、
「え……? 何が?」
 気づけよ……。
 思いながら、翠が逃げられないよう明確な答えを与える。
「ピルを飲んでいるなら妊娠はしない。その部分はクリアしたんだから、あとは翠の気持ちしだいだろ?」
 翠は目に見えてうろたえた。
 さらには眉をひそめる始末。
 まだ時間が必要、か……。
 まるで力の入っていない翠の手を取ると、わずかな反応があった。咄嗟に手を引かれるような反応が。
 でも、逃しはしない。
「考えてはほしいけど、困らせたいわけじゃない」
「ごめん……」
「謝らなくていいし、もう少しくらいなら待つ」
 本当は、もう待てないくらいのところまで来ている気がしなくもないけれど、そんな気持ちを打ち明けたところで翠は困るだけだろう。
 気持ちを言って欲しいとは言われはしたけど、困らせるとわかっていることを畳み掛けるように言うのはやっぱり違うと思う。でも、その代わり――。
「今日、翠を抱き上げたとき、腕を首に回してもらえたの、嬉しかった……」
 恥ずかしさを伴う告白。
 翠はどんな顔をしているだろう。何を思っただろう。
 そっと顔を上げると、翠は目を見開いていた。まるで意外なものを見るような目で。
「驚いた顔……」
 翠は空いている手を頬に添え、少し気まずそうな表情へ変化させる。
「喜ぶなんて大げさだと思ってる?」
 翠はコクリと頷いた。
「その些細なことですら、まだ二回目なんだけど……」
「二回目……?」
「翠を運んだことなら何度もあるけど、首に手を回してくれたのは今日を含めて二回目」
 こんなことを考えている男は「小さい」と思われるだろうか。
 探るように翠の目を見ていると、
「初めては……?」
「去年の夏、屋上で花火を見たとき」
 翠はきょとんとしていた。まるで覚えてない、そんな顔。そして少し頬を染め、
「私も、ツカサに触れられるのは嬉しい……。それから触れてみたいとも思う……」
 翠はこれまでにないくらい恥ずかしそうに俯き、
「ツカサの頬に、触れてもいい……?」
 うかがうように尋ねられる。
「なんで頬?」
「わからない。でも、ずっと触れてみたいと思っていたの」
「……どうぞ」
 翠の手がゆっくりと近づいてくる。ただそれだけなのに脈が速まる。