テーピングを剥がしてみると、確かに手首は腫れてはいなかった。昇さんは手や指、手首の稼動範囲を確認しながら、
「見たところ腫れちゃいないが……これか?」
 手首を軽く捻ると、
「それっ、痛いです……」
「筋を痛めたんだな。湿布貼ってしばらくは負荷をかけないようにな。それで治る。テーピングの仕方は今のでいいから、あとで司に教えてもらえ」
「ピアノの練習は……?」
「来週の半ばにもう一度診てやるから、それまではやめとけ」
「はい。……昇さん、あとね……」
 翠の申し出に却下を申し出る。
 たぶん、間違いなく明日の藤山の件だろう。
 病院へ行ってレントゲンを撮って来いと言われているのに何を考えているんだか……。
 翠が何を尋ねようとしていたのか知らない昇さんは、
「おいおい、俺に訊こうとしてんのになんでおまえが却下すんだよ」
 無謀なことだから。
 視線のみで答えたものの、昇さんには伝わらなかったらしい。
「なんだ?」
 昇さんが翠に向き直ると、翠は俺の様子をうかがいながら、
「明日、ツカサと藤山に紅葉を見に行く約束をしていたんです。それもやっぱりだめ……です?」
 当たり前だ。
 脳内で即答したと同時、
「いや、別にかまわねぇよ」
 はっっっ!?
「ツカサ、おまえ何却下してんだよ」
「だって、こんなに腫れてて外を出歩くとかバカのすることだし、昇さんだって安静にって――」
「言ったけど、藤山だろ? そんなんどうにでもなんだろーが」
「どうにでもってっ――」
 俺と昇さんの割り入ってきたのは秋兄。
「司、少し落ち着いて考えな。藤山って、光朗道へ行くんだろ? それなら、車椅子を借りていけば問題ない。翠葉ちゃんが歩かなければいいんだから、それなら可能だろ?」
 秋兄の言うことはもっともだった。
 そっか、車椅子を使えば……。
 こんな簡単なことすら思いつかなかった自分が情けない。
「まあまあ、ふたりともそのくらいにしてやって。司も疲れてるんだよ。翠葉ちゃんが怪我したってわかってからてんぱってたっぽいし」
 兄さんのこれはフォローなのかなんなのか……。
 実際にはてんぱっていたわけではない。でも、冷静さを欠いていたには違いなく、俺は何を言い返すこともできなかった。
 もしかしたら、碧さんが言わんとしていたことは本当に簡単なことなのかもしれない。
 少し休んで、改めて考えよう。翠が二度と傷つかずに済むように――。