「唯、翠葉をいびるのはそのくらいにしたら? 翠葉と司くんは手洗いうがいしてリビングへいらっしゃい。湊先生の代わりに栞ちゃんと昇先生がいらしてるわ」
「えっ?」
 驚いたのは翠だけじゃなかった。
 咄嗟に廊下の先へ視線を向けると、
「お邪魔してまーす!」
 廊下の先で栞さんと昇さんが手を振っていた。次の瞬間には背後でインターホンが鳴る。
 そういえば、相手が唯さんで話すのが面倒くさくなり、兄さんが診察に来ることは話していなかった。
「あ、帰ってきてた。そろそろ帰ってくるころかと思って来てみたんだけど……って、なんで秋斗がいんの? えっ、何? 昇さんと栞ちゃんもいるの? 俺、必要なかった?」
 兄さんは廊下の先にいる面子に驚きながら俺に訊いてくる。
「っていうか、昇さんがここにいるって俺も知らなかったし……。秋兄は、今年の春から毎晩御園生家で夕飯を食べているらしい」
 自身の手配ミスに舌打ちしたい気持ちで答えると、
「うわぁ……迷惑なやつ。身内として恥ずかしいよ」
 兄さんはもっともな感想を口にした。
「あら、そんなことないわよ? 秋斗くん、ちゃんと食費入れてくれてるし、アンダンテのケーキやタルト、美味しいクッキーを持ってきてくれたりするし」
 碧さんはまったく気にしているふうではなく軽快に話す。
「ぅお~い。そんなところで喋ってないで上がったら?」
 リビングから零樹さんがやってきて上がることを勧められると、
「外から入ってきた人は手洗いうがいを忘れずに。司くんはここにいること、ご両親知ってらっしゃるの?」
「今日はこっちに帰ると話してきたので」
「それならうちでご飯食べて行きなさい」
「いえ――」
「じゃ、今日の夕飯はどうするの?」
「コンシェ――」
「はい、却下。今日は栞ちゃん特製のビーフシチューなの。人がひとり増えるくらい問題ないわ」
 碧さんは淡々と話を進めてキッチンへ入っていった。