九階へ着くと、
「先に楓先生のおうちだよね?」
「いや、ゲストルームでかまわない」
 翠は不思議そうな表情で、
「どうして……?」
「兄さんに来てもらうから」
「そんなっ、申し訳ないよっ」
「人の好意はおとなしく受け取ってくれないか?」
「でも……」
 納得のいっていない翠に痺れを切らす。
「あのさ、怪我をしてる翠を極力動かしたくないって俺の気持ちくらい汲めないの?」
 その言葉にはっとしたような翠は、ようやくおとなしく受け入れてくれた。
「それに……もし煌が寝てたら起こすの悪いし、寝てて起きても最初から起きてても、翠が来たって興奮したら寝付かなくなりそうだし……」
 言い訳じみた理由を付け足すと、
「うん、そうだね」
 翠は俺が支えている右手の上に軽く左手を添え、小さく笑った。
 左手を添えられた手の甲が妙にくすぐったく、気恥ずかしく感じる。
 今日、ボディータッチが多い気がするのは気のせいか?
 足を怪我しているからそういった機会が多いだけのような気もするし、ただシンプルに、翠の警戒がものすごく緩い気もする。
 でも、どっちにしても翠は微塵も意識せずにしているのだろうから、俺ばかりが勝手に、何度となく翻弄されていて、少し悔しい……。

 玄関ドアを開けると、まるで待ちかまえていたかのような碧さんと唯さんに出迎えられた。
 翠が「ただいま」と言えば「おかえりなさい」という返答があるわけで、しかしその直後にふたりの視線は翠の足元へ落ちる。これ以上ないくらい不自然に。
「それ、剥がしたらどんなことになってるのかしらね……」
 碧さんの言葉に、
「知ってたの……?」
「生徒が怪我をすれば学校から連絡が入るのが普通よ」
 正論だな。
「さらには学校で湊先生の診察を受けなかったことも聞いてるわ」
 もっと言ってやってくれ、と声援を送りたくなる。
「ったくさー、朝あれだけ言ったのに連絡してこないしっ」
 今日ばかりは唯さんの肩を持ちたくなるというもの。
 翠は申し訳なさそうに身を竦め、
「唯兄、ごめんなさい……。ちょっと、目の前のことにいっぱいいっぱいで家族に連絡するの、すっかり忘れていたの。でもね、最後には湊先生に診てもらおうと思ってたんだよ?」
 翠が上目遣いで唯さんを見ると、
「それも聞いてる。ほかにも怪我した生徒がいるとかで、湊先生病院に行っちゃったあとだったんでしょ? でもって、リィが事を大ごとにしたくないから湊先生のところに出向かなかったっていうところまで知ってるよ」
 にこりと笑った唯さんに、
「えぇと……ずいぶん詳しく知っているのね」
 翠は苦笑を漏らした。
「まぁね。司っちから密告電話あったし」
 とはいえ、俺はそこまで詳しく話してないけどな。