桜林館を出るまでは翠の腕を支えるに留め、外周廊下へ出るとすぐに翠を抱え上げる。
「つ、ツカサっ!? 大丈夫だよ? 私、歩けるっ。荷物もいっぱいだし重いでしょうっ!?」
 いつもと比べたら重い。でも、持てないほどではないし、翠を歩かせるほうが精神衛生上よろしくない。
 昇降口で翠を下ろすと、自分はとっとと靴に履き替え外へ出た。
 そこには警護班が到着しており、高遠さんが手に持っていた荷物すべてを引き受けてくれる。
 下駄箱へ引き返そうとすると、翠が昇降口から顔を出していた。
 有無を言わさず抱え上げると、
「ツカサ、荷物は……?」
「車」
 翠はきょとんとした顔で視線を外へ向け、車を視界に認めた途端にはっとした表情に変わる。
「まさか、この足で歩いて帰るつもりだったとは言わないよな?」
 翠はうろたえながら、
「えぇと……取り立てて何も考えていませんでした」
「そんなことだろうと思った。でも、次からはせめて御園生さんに連絡を入れるとかそのくらいのことは算段に入れてもらいたいんだけど」
 来年の三月をもって俺は卒業してしまうのだから。
「もし反論するなら御園生さんに状況話して御園生さんからも説得してもらう」
「……いえ、反論など」
 翠はもごもごと言葉を濁しながら口を閉ざした。
「司様、女性に対し、そのように責め立てるものではございませんよ」
 クスクスと笑った高遠さんに注意されたが、これに関しては一言言わせてもらいたい。
「高遠さんは知らないでしょうけど、翠は同じことを何度言って聞かせても、たったひとつのことすら習得できない頭の持ち主なので」
 俺たちのやり取りを見ていた翠が、
「ツカサの警護班の方ですか?」
 遠慮気味に尋ねると、
「申し遅れました。私、司様の護衛を勤める高遠省吾と申します。以後お見知りおきを」
 差し出された名刺を翠は片手で受け取りじっと見つめていた。
 高遠さんは警護の人間だし、何を思う必要もないはずなのに、翠の意識が完全に俺から逸れたことが面白くなくて、
「そういうの、車に乗ってからにしてくれない?」
 こんな対応までして翠の意識を自分へ戻す俺は、どれほど子どもじみたことをしているのかと思わざるを得ない。

 マンションに着いて翠に手を伸ばすと、
「ツカサっ、ここからは歩かせてっ!?」
 必死な様子で翠は俺の腕から逃げる。
「なんで……」
「だって、抱っこされて帰宅したら、お母さんたちびっくりさせちゃうもの」
「……っていうか、その足を見れば誰だって驚くと思うんだけど」
「でも、抱っこされて帰宅するのと歩いて帰宅するのでは印象が違うでしょう?」
「印象が違ったところで怪我の程度は変わらない」
「司様……お気持ちはわかりますが、ここは翠葉お嬢様のお気持ちを汲んで差し上げてはいかがでしょう」
「……わかった。ただし、荷物は持たせないからな」
「はい」
 エントランスを通過する際にコンシェルジュに驚かれ、翠はエレベーターの中でため息をついた。
「やっぱり驚かれちゃうほど腫れてるよね?」
「今ごろ自覚したわけ?」
「そういうわけじゃないのだけど、客観的に感じたのは今、かな」
 今度は俺がため息をつく番だった。