翠の言っていることは正論だ。だけど――。
「翠は俺と同じ立場でも同じことが言えるのか?」
 大切な人を傷つけられて、自分だって少なからず絡んでいるのに、そう言えるのか?
「……わからない。でも、私はこれ以上この件を引っ張りたくない。……私のために怒ってくれてありがとう。でも、これ以上はもういい。もう、やだ。この話、やだ……」
 翠はさっきのように悲愴そうな面持ちで、唇を震わせている。
 どうして俺たちがこんな言い合いをする羽目になるのか、どうして翠が泣く羽目になるのか、どうして――。
「ツカサ、お願い……。もう、終わりにしたい。これ以上考えたくない」
 そう言った翠は俺の手を取り、力いっぱい握り締めていた拳を解いていく。
 親指人差し指中指、薬指小指、すべて開いたら両手で手のひら全体をほぐし、左手が終われば右……。そうして両の手がほぐれると、
「打ち上げ、桜林館で合同なのでしょう? 行こう? 団長がいなかったら黒組の人たちがっかりするよ?」
 必死に俺をなだめ、違うほうへ違うほうへと意識を逸らそうとする様がいじらしかった。
 これ以上翠と言い合いしたくないのと、これ以上泣かせたくない、これ以上嫌な思いをさせたくない。それらを優先することで自分の怒りを落ち着ける。と、ふとしたことに気づいた。
 手が、熱い……?
 翠の手が珍しく熱を持っていた。
 いつもなら冷たいを感じる手が熱い……。
「翠、携帯見せて」
「え?」
 あまりにも反応が遅いから、翠が肩にかけているショルダーから携帯を奪う。と、
「手が熱いと思ったら発熱してるし……」
「嘘……」
 翠は身を乗り出すようにディスプレイを覗き込む。
「ほら」
「三十七度五分――」
 翠は言って呆然としていた。そして、
「去年よりは低いね」
 おい……。
「インフルエンザを発症して入院した去年と比べるとかどんな神経?」
「それもそうね……。今回は純粋に疲れかな?」
 首を傾げる翠に、
「倦怠感は?」
「少し……。でも、身体を動かすのがひどく億劫という感じではない」
「……打撲や捻挫からでも発熱することがある」
「そうなの……?」
「明日の藤山はやめておこう」
「えっ!? それは嫌っ。紅葉は見たいっ」
「わがまま」
「わかってる」
 真顔で認めるな……。
「打ち上げは途中で抜けよう。今日は兄さんが家にいるから」
「え? それなら湊先生に診てもらえば――」
「さっき姉さんに連絡入れたらほかの生徒に付き添って病院行ってるって」
「そうなのね……」
「兄さんにはもう連絡入れたから、兄さんに診てもらって明日動いてもいいか判断を仰ぐ。それでいい?」
「はい……」
「じゃ、おとなしく運ばれて」
 今度は何を言うでもなくすんなり抱えられてくれた。そして、自然な動作で首に腕を回してもらえたことが嬉しくて、嬉しすぎて、キスをせずにはいられなかった。
「もう……今日だけだからね?」
 ちょっとむっとした言い方が相変わらずかわいくて、
「ならもう一度だけ……」
 ほんの少し逃げ腰の翠の唇を捕まえ、一度目より強く吸い付いた。