「ほら、そこで俯かない。話は終わってないわよ」
 翠が顔を上げると、
「学校が提示した停学期間は一週間だったんだけど、姫が提示したペナルティをすでに受けていることを汲んで、期間短縮もしくは謹慎にできないかって打診してきた」
 翠はおそらく謹慎と停学の違いを知らないだろう。補足するために口を開き、
「停学は学校の記録に残るものだし教育委員会へ報告することになる。それに対し、謹慎の場合は記録に残らないし教育委員会へ報告する必要もない。……ただし、謹慎を食らった時点で指定校推薦枠は使えなくなる」
 当然の処分と口にしたが、翠は両手で口を覆い眉根を寄せ、ひどく悲愴そうな表情を見せた。
 その先を話すよう青木の顔を見ると、
「姫、当然のことよ。人に暴力を振るうってそれなりの罰を受けるものだわ。それも、双方暴力に訴えているのならともかく、姫は一方的に暴力を振るわれたの。さらには複数人数対姫ひとりということもあって、カテゴリの中でも『いじめ』に分類される」
 翠は今にも泣きそうな顔で青木の話を聞いていた。
「したがって謹慎期間は長いわ。学校謹慎最長の十五日。そして、今日中に姫へ謝罪し許してもらうことが条件になってる。姫がそれを受け入れるなら学校謹慎で済み記録には残らない。ただし、姫が謝罪を受け入れない場合は即座に停学処分が確定する」
「そんなのっ、受けるに決まってますっ」
 即答だった。そんな翠を青木はカラッと笑って受け流す。
「謝罪の場が決まったら連絡するわね」
「はい……」
 翠は俯いたまま唇を戦慄かせていた。
 髪が結われているため表情を隠すカーテンはない。
 そんな状態を放っておけるわけもなく、自然と手が伸びた。
 細い身体を引き寄せ抱き上げると、翠はしがみつくように腕を首に回した。
 ステージ裏へと通じるドアの前で下ろすと、か細い声が俺の名を呼ぶ。
「泣き顔、人に見られたくないんじゃないかと思って」
 ドアを開けると、翠はぎこちない動きで中へ入った。ここへ来て始めて、足を引き摺った。
 取り繕う余裕なし、か……。
 翠はドアの近くで立ち止まり、肩を震わせ涙する。
「翠が泣く必要はないと思うけど?」
 ハンカチで涙を拭うものの、涙は次から次へと流れてくる。
 自分に害をなした人間のためにどうして泣ける?
 それとも、ほかの感情に付随する涙なのだろうか。
 翠が感じるすべてを知りたいと思う。でも今は、根掘り葉掘り訊くよりそっと抱きしめたい。
 去年は走り去ろうとした翠を引き止め無理やり自分の胸で泣かせた。けど今は――。
「泣きたいなら泣けばいい」
 翠は小さく頷くと、自分から俺の胸に頭を預けてくれた。そうしてしゃくりあげながら自分を責める言葉を次々と口にする。
 俺はそれらひとつひとつを否定し、翠を肯定するに努めた。
 どうして――傷つけられた側の翠がこんなにも泣く事態になってしまったのだろう。
 先に傷つけられたのは翠で、これ以上傷つく必要などどこにもなかったのに――。