テラスへ出ると、翠は息を深く吸い込み、わかりやすく空を仰いだ。
「空がどうかした?」
「ううん……星が見えたらいいのに、って思っただけ」
「さすがに今日は無理だろ?」
 もともと雨が降るという予報だったし、予報より早くに雨は上がったが明日も曇り予報だ。
 見えないとわかっているのに名残惜しそうに空を見ているから、
「星が好きなら、今度よく見える場所に連れて行くけど……」
 翠はパッと目を輝かせこちらを向く。
「嬉しい! どこ?」
「何箇所かある」
「あ、ひとつはブライトネスパレス? あそこ、ステラハウスが森の中にできたものね」
 それは初耳。
「ステラハウスなんてできたんだ? 知らなかった」
 もともとパレスの情報はネットにすら流れない。その筋の人間から知らされない限り知りえない情報だ。それを翠が知っているのは、何度か行ったことがあるから。もしくは、ブライトネスパレスからパンフレットが届いているのかもしれない。
 入手経路を考えた末、翠がブライトネスパレスを知るきっかけとなった人物が頭をよぎって少しイラつく。けど、
「じゃ、いつか一緒に行けたらいいね。……でも、ブライトネスパレスじゃなかったらどこ?」
 翠があまりにも嬉しそうに、期待に満ちた目で見てくるから、思わず毒気を抜かれた。
「緑山って藤宮所有の山がある。そこから見る星空はきれいだし、夏は森の中を流れる川に納涼床を作るから、かなり涼しいしくつろげる」
「わぁ……楽しみ。じゃ、夏かな?」
「納涼床は夏だけど、山には別荘が建ってるから冬でも問題ない」
「じゃぁ、楽しみにしてるね。あとは?」
 ……こいつ、星を見られるのは夜だってわかって話しているんだろうか。
 夜に俺とふたりきりって状況に何も危機感覚えないとか――あぁ、違った。そんな状況を想像できたとしても、何も危惧しない無防備極まりないバカだってことをすっかり忘れていた。
 いっそのこと、その場で困ればいいんだ……。
 ……いいのか? それ、俺が後悔する羽目になるんじゃなくて……?
 先行きが怪しくなった自分に保険をかけるべく、日帰りプランも提示する。
「マンションの屋上から見る星空も悪くない。藤倉もまあまあだけど、支倉のマンションからのほうがよりきれい。しかも、兄さんが一時はまってたから天体観測に使うアイテムは粗方揃ってる」
「支倉かぁ……。再来年にはツカサが住む町だね」
 なんでそんな遠い場所みたいに言う? しかも、しんみりと。
「別に、車で三十分の距離だから翠だっていつでも来られる」
「そうだね……」
 同意したくせに、中身が伴っていない返事。
 何を考えているのか尋ねようとしたら、翠の手が首元へ伸びた。
 指先が触れたのはIVHの跡。
「気にするな。翠が気にするほど目立ってない」
「そう、かな……?」
「そう。だから気にするな」
 きっと気休めにすらならない。それでもその傷は、翠ががんばって治療を受けた証だから。
 翠自身がその傷を受け入れられるその日まで、何度だって俺が肯定してやる――。