二年A組の前へ来ると、見知った顔があった。
「そっか、藤宮は姫さんのお迎えか」
「朝霧は?」
「俺のパートナーもこのクラス。でも、安心しろよ。ファーストワルツは入場のとこからきっちり録ってやるからさ!」
 その言葉に思い出す。
 去年の紅葉祭でこいつにしてやられたことを。
「でもさ、姫さん大丈夫だったの? 俺、姫が落ちた階段脇に座ってたんだけど、結構豪快に落ちてたから」
 その場を見ていた人間には初めて会った。
「どんな落ち方したのか知りたいんだけど……」
「へ? 姫さんから聞いてないの?」
「…………」
「噂だと、人に押されて落ちたって話だけど、まさにそんな感じ。バランス悪く踊り場まで滑落しちゃった感じ。あの体勢だと足の脛を打ってるんじゃないかと思うんだけど、駆け寄ろうとしたら一年の生徒会メンバー……なんだっけ? 背の高いやつ」
「飛翔?」
「そうそう、そいつが駆け寄って抱き上げて移動しちゃったからさ、声かけることもできなかったんだ」
 青木と一緒にいたから何か知っているのかもしれないとは思っていたが、その場にいたとは知らなかった。
 このあと翠の口を割らせるつもりではいるが、それでも翠が話そうとしなければ飛翔から聞き出すか……。
「でもさ、おかしいんだ」
「……何が?」
「怪我したら普通は救護スペースへ連れて行くだろ? でも、姫さんたちは北側のステージ裏へ入ってったんだよね」
 っ……応急処置はしたって――まさか、手持ちのものでやったのか!?
「悪い、一件連絡入れさせて」
「どうぞ」

 場所を階段脇へ移し携帯を手に姉さんにかけると、
「姉さん、今日、翠の怪我診た?」
『は? あの子怪我したの? 私、ついさっきまで救護スペースにいたけど来なかったわよ?』
「……階段から突き落とされて足を怪我してるっぽいからあとで診てほしいんだけど」
『階段から突き落とされてって何それ……っていうか、あんたタイミング悪いわよ……。私、怪我した生徒連れて病院に来てるわ』
 それ、俺がタイミング悪いのか?
『あぁでも、今日なら楓が家にいるわ。楓に診てもらいなさい』
「わかった、連絡してみる」
 続けざまに兄さんへかけると、実に暢気な声が聞こえてきた。
『司から連絡なんて珍しい。どうかした?』
「翠が怪我をしたんだけど、帰宅したら診てもらえない?」
『お安い御用。そんなにひどいの?』
「……俺もまだ見てない」
『珍しい……っていうか、それ、見られるの拒否られてるの? それとも、そうそう見せられないような場所を怪我したって話?』
「……階段から突き落とされて足を怪我してるって話」
『足、ねぇ……。で? 見られるのを拒否られてるの?』
「…………」
 沈黙していると、兄さん側から煌がキャッキャと騒ぐ声が聞こえてきた。そして、
『なるほど。なら、相応の処置が必要な状態かもね。あの子、意外と我慢強いっていうか、平気な顔して無理する子だから』
 最初の平和そうな声が若干かげり、
『痛みが強そうなら強引にでも姉さんのところに――』
「姉さん、ほかの生徒連れて病院」
『あぁ、それで俺か……。納得した。帰り、迎えに行こうか?』
「いや、自分の警護班を動かすからいい」
『わかった。帰宅前にもう一度連絡ちょうだい。そしたら、俺がゲストルームを訪ねるよ。それから、ひとつ気になるんだけど、突き落とされたって何?』
「……詳しい話は俺もまだ知らない。ただ、俺とワルツを踊りたかったらしい女子に突き落とされたって話」
『ははぁ……。それでおまえは落ち込んでるんだ?』
 落ち込んでる……?
「どうして……?」
『だって、いつもなら無理やりにでも怪我の状態見るだろ? それすらできない程度にはショックを受けたんじゃないの? ……ま、好きな子が自分のせいで怪我したともなれば、わからなくもないけれど……。そんな状況なら余計に翠葉ちゃんは見られたくないと思うんだろうし』
 言われるまでそんな精神状態を把握はしておらず、言われたら言われたで図星でしかなく――。
『ま、足っていうなら、階段の上り下りくらいはうまくフォローしてあげな』
 そう言うと、通話は一方的に切られた。
 ……階段の上り下りなんてもう絶対にさせない。いやだと言われようが何しようが絶対に俺が運ぶ――。