「応急処置はしてある。今は誰にも見せたくないし悟られたくもないっ」
「…………」
 ワルツでは怪我を負っているような素振りは一度たりとも見せなかった。
 怪我が軽症なのか、重傷だがいつもの強がりで乗り切ったのか……。
 スカートに隠れる足を気にしつつ翠にパイプ椅子を勧めると、翠は抗うことなく腰を下ろした。
「で、犯人は?」
 優太が尋ねると、
「実行犯はひとりだけど、話を聞いたところによると三人で企てたことみたいね。組自体はまったく感知してないでしょうよ」
 青木の言い方と視線に引っかかりを覚える。
 知っていることは全部話せと告げる前に、青木は再度口を開いた。
「だって、黒組の女子の犯行だもの。春日くんも藤宮くんも知らなかったでしょ?」
「青木、三人の名前を」
 青木から受け取ったメモ用紙には同じクラスの女子三人の名前が記されていた。
「一番上に書いてある芳川彩加が実行犯。三人とも藤宮くんのファンよ。もっとも、ファンというか本気というか……そのあたり難しいけど」
「難しいって何が?」
 どちらであっても浅はかな人間たちに代わりはない。
「つまり、藤宮くんとワルツで踊りたかった子たちの犯行」
 また、俺が原因で翠が傷つけられた……。
 湧き起こる怒り抑え付け、体育委員長と実行委員長のもとへ向かおうとしたとき、
「ツカサっ!? 待ってっっっ」
 椅子に座った翠は、今にも立ち上がりそうな勢いで俺を引き止めた。
「黒組の優勝を取り消す」
「だめっ。それ、全然意味ないから」
 翠の近くまで戻り、
「意味がないって?」
「だって、私を突き落としても、ワルツに支障はなかったよ? うちはワルツで一位をとった」
「それ、結果論じゃない? 事実、翠は怪我をしたわけで、何もペナルティを受けないのは筋が通らない」
「だからっ、どうしてそれを黒組が負わなくちゃいけないのっ!? 私が突き落とされたことを知っている人が黒組に何人いるのっ? 私を突き落とした人が黒組の人だとしても、黒組を背負って突き落としたわけじゃないでしょう? 個人的な恨みが根源でしょう? それ、黒組も赤組も関係ないでしょう?」
「でも――」
「大丈夫。ちゃんとペナルティは負ってもらうから」
 翠は深刻な面持ちで、何かを決するように口を閉ざした。
「さ、姫さんどうする?」
「……実行犯を含め、その三人は後夜祭の参加禁止。でも、後夜祭が終わるまでは下校するのも禁止で」
「あはは」
「くっ」
 声を挙げて笑ったのは青木と飛翔。優太は呆気に取られた顔をしていた。
「それ、ペナルティになるの?」
 俺の問いかけに答えてくれたのは優太だった。
「なるでしょ。後夜祭のためにみんな必死でテスト勉強がんばってきたんだから」
 そんなものだろうか、と翠へ視線を戻すと、翠は飛翔へ向けて笑顔を取り繕っているところだった。