「戻った」
「あ、お帰り。ってか、モニターで見てたんだけど、翠葉ちゃんめっちゃくちゃきれいだった! どんなスパルタ教育したんだよ」
「もともと覚えは悪いほうじゃない。それより、ここまでの集計は?」
「あぁ、出てるよ。入力ミスもないしアナログの集計とも一致してる」
「飛翔は?」
「そういえば、この時間には本部に戻ってくるはずだけど、どうしたんだろ? 連絡入れる?」
「いや、そこまでする必要はない。それより、ワルツの結果が出たらすぐにプリントアウトできるようにしておいて」
「了解」
 ワルツの結果が出てしばらくすると、赤いドレスを着たままの翠が本部へやってきた。
 達成感やなんやかやで満面の笑みを見られるかと思いきや、翠の表情はどこか硬い。
 そんなふうに感じた俺が間違いなのか、優太は何を気にすることなく賞賛の言葉を口にする。そして、「ファーストワルツ」という言葉を口にした途端、翠はそれまで以上に表情を強張らせた。
「後夜祭のファーストワルツって、なんの話でしょう?」
「あれ? 翠葉ちゃん知らないの?」
 優太は俺の顔を見て再度翠の表情を見て、何か察したように一歩下がる。
「後夜祭は、フロア中央で姫と王子がファーストワルツを踊るとこから始まるんだ。で、曲の途中からその他大勢が加わって踊りだす。一曲目のワルツが終わるとカントリーダンスに移行して、二曲踊ったらもう一度ワルツ。そして最後にチークダンスなんだけど……知らなかった?」
「そんなの知りませんっ! だって去年は――」
 翠は言葉に詰まり、手近にあったポールに向かってうな垂れる。
「あぁ、去年は姫がふたりいたし、翠葉ちゃんは運動だめだと思ってたから茜先輩と司が踊る予定だったんだよね。でも、翠葉ちゃんも来なければ司も来ないしで、茜先輩のご指名を受けて会長がファーストワルツを踊ったんだ」
「ツカサっ、どうして教えてくれなかったのっ!?」
「知ってると思ってたから?」
 それ以外の返事などない。すると翠は、拍車をかけてうな垂れた。
「すみません……知らなかった私が悪いです」
 そもそも、ファーストワルツを踊るからと言って、何か特別な用意をする必要はないし、たかが数分人の視線を集めるだけのこと。何をそんなにうな垂れる必要があるのか……。
 そんな話をしているところへ飛翔と青木が連れ立ってやってきた。
 緊迫した空気が窺い取れ、何か明確な目的があって本部席へやってきたことがわかる。
 青木は翠の前に立つなり、
「姫を突き落とした犯人並びに、妨害工作をした組が判明したけど、ここで留めておく? それとも、体育委員と紫苑祭実行委員に情報を上げてペナルティを発令する?」
 突き落とされたって――。
「青木、それ、なんの話?」
 即座に問いただすと、
「姫、話すわよ?」
 青木は断わりを入れてから俺たちに向き直った。
「創作ダンスが行われている最中、姫が観覧席で人に突き落とされたの。最上階から踊り場まで落ちて足に怪我を負ったわ」
 足に怪我……? でも、先のワルツでは――。
 何を考えることなく翠のドレスに手を伸ばす。と、
「だめっ」
 翠は一歩身を引きドレスの裾を押さえた。