「司、翠葉ちゃんのワルツ、上行って見て来たら?」
「そうする」
 優太に送り出され、俺は本部席裏手の観覧席へ上がった。
 今まで翠と踊ることはあっても、翠が踊っているところをこんなふうに見ることはなかった。
 自分以外の男と踊るところなど見たくはないが、相手が佐野ならまだ許容範囲内。
 それに、教えた集大成なるものは見ておきたい。
 ワルツのテンポをすっかり自分のものにした翠は、最初の礼からダンスへ移る際の体重移動も何もかも、申し分のない動きだった。
 基礎点は間違いなくオールクリア。ほか、動作の滑らかさ、身体のしなやかさ、リズム感、視線、表情、何をとっても加点されこそ減点などされようがない。
 ざっと会場を見回すも、赤組の三ペアほど完成度の高いダンスを踊っている組はなく、その中でも翠の踊りは群を抜いていた。
「姫の笑顔、超かわいい……」
「姫、超きれぇ……」
 あちこちでそんな声が挙がり、息を呑む人間の姿も数知れず。
「ドレスはみんな同じデザインなのに、すごいきれいに見えるのどうしてだろう?」
「あの子、バランス感覚ものすごくいいんじゃない? さっきから全然芯がぶれない」
「確かに、唐沢さんと姫は糸で釣られてるみたいに見える」
「あと、動きがすっごく滑らかだよね? 同性ながら、背中のラインに惚れちゃいそう」
「あの子、本当に運動できないの?」
「あぁ、今回スローワルツになったのも御園生さんがこのテンポなら参加できるからだって」
「そうだったんだー」
「でも、初めてのダンスでしょ? かなり練習しないとここまで踊れなくない?」
「ま、姫さんが参加する種目少ないからな。その分練習……――あれ? 姫って赤組の副団もやってなかったっけ? それに、生徒会の会計――」
「え、御園生さん、どれだけ仕事抱えてたのっ!? しかも、藤宮くんの長ラン製作もでしょっ!?」
「さすがに会計職は藤宮たちがフォローしてたんじゃん?」
 フォローなどしていない。むしろ、うちの総元締めは翠だ。
 心の中で呟き階段を下りようとしたとき、
「いいこと教えてあげようか。これ、生徒会の人間しか知らないことなんだけど、去年の紅葉祭も今年の紫苑祭も、会計を統括しているのは翠葉ちゃんなんだよ。さらには、ちょっとした理由があって、仕事の大部分を翠葉ちゃんがひとりで請け負ってる。誰もフォローなんてしてないよ」
 知った声に振り返ると、「ね?」と朝陽が自慢げに笑みを浮かべていた。
「嘘っ!?」
「マジでっ!?」
「確か、去年の会計ってプラマイゼロだったって――」
 次々と向けられる視線に何を答えることなくその場をあとにした。
 未だ翠という人間を誤解している人間は多いが、こうして少しずつ翠を知る人間が増えればいい。そうして翠の努力が報われれば――。
 そう思う反面、俺だけが知っていればそれでいいという思いがあるのも事実だった。