ドレスの裾を捌きながら歩くため、普通に歩くより数段歩きにくい。怪我をしていればなおさらだ。でも、階段を上る女子は誰もがゆっくりと足を運んでいる。ただ、中には普通のペースで上がれる人もいて、そういう人はドレスに深いスリットが入っていたり、フルレングスではなかったり、とやはり着ているものに違いがあった。
 テラスへ出ると、皆が一、二年棟へ向かうのに対し、私は反対方向へ向かって歩く。でも、私が生徒会メンバーであることを鑑みれば、図書棟へ行くこと自体を不思議に思われることはない。
 このあたりは沙耶先輩の配慮かもしれない。
 慣れ親しんだ図書棟のドアを開け図書室に通じる通路へ歩みを進める。と、そこには沙耶先輩と河野くんがいて、河野くんが風紀委員の副委員長としてこの場にいることに気づく。  そのふたりの奥に制服を着た三人の女生徒が立っていた。
「みそのっち、足大丈夫?」
 河野くんに尋ねられ、曖昧に苦笑を返す。
「大丈夫」と言いたいところだけど「大丈夫」なわけではないし、私が「大丈夫」なら彼女たちの処分の重さと釣り合わない気がしてしまう。
 そこまで考えて、さっきツカサに言われたひとつを思い出した。

 ――「翠の怪我の程度問題はなんの指針にもならない。問題になるのは暴力行為であり、突き落としたこと自体が問題なのだから」。

 でも、怪我の大小が関わったほうが彼女たちは少し報われる気がする。
「こんな大怪我をさせてしまたのならこの処分は仕方がない」と。
 ツカサが聞いたら、「そんな情けをかける必要はない」と言われるだろう。
 でも、そこに考えがいたってしまった私は、片手で摘んでドレスを持ち上げる。
「右足だけなんだけどね、こんな具合……」
 すると河野くんと沙耶先輩が絶句した。
「あんた、この足でワルツ競技出たのっ!?」
「あはは、笑えねぇ……。骨は折れてないのかもしれないけど、結構腫れてんじゃん」
「うん。でも、抗炎症作用のある湿布はいつも持ち歩いているし、鎮痛剤には事欠かないくらい手元に揃ってるから、それら駆使すればなんとかね……」
 そんな会話をすると、それらを前置きのように扱い、
「これを見て謝れないなんてかなり下等な生き物よ?」
 沙耶先輩が歯に衣着せぬ物言いで彼女たちに視線を向ける。と、堰を切ったように「ごめんなさい」と三人から謝られた。
「……頭を上げてもらえますか?」
 その言葉に彼女たちがそろりそろりと顔を上げる。
 三人の表情にはきちんと「反省」を感じることができたし、もう怒ってなどいない。
 でも、こういう場ではどんな言葉をかけるべきなのだろう。
 ペナルティや処罰のことを考えれば「許す」などという言葉を口にするのはおこがましい。代わりになる言葉を探したところ、「これかな?」と思えるものを見つけた。
「次からは、文句があったら直接言いに来てくださいね? 突き落とされるだけじゃ先輩たちが何を思っているのか、何を言いたかったのかまではわからないけど、言葉にして伝えてもらえたらなら、それに返事をすることはできるので」
 呆気にとられたような三人を見て、「どうしよう」と思う。
 その顔のまま沙耶先輩を振り返ると、
「姫のそれは健在か。まったく懲りない子だこと」
 言いながら携帯を取り出し、どこかへ連絡を入れる。
「風紀委員の青木です。今謝罪が無事終わりました。――えぇ、きちんと謝罪していましたし、御園生さんも了承しています。わかりました、伝えます」
 通話を切ると、
「三人はこのまま職員室に来るように、って。姫は着替えて打ち上げに行きなさい」
「沙耶先輩は……?」
「私は彼女たちを職員室に送ってから行くわ」
 私と河野くんは会釈して先に図書棟を出た。