それは、さっきワルツ競技で踊った曲。
「この曲、たぶんピアノで弾ける。そのくらいには何度も聴いたよね」
「確かに。今度聴かせて」
「うん」
 手放しでダンスを楽しめる状況ではなくなってしまったけれど、ツカサが側にいてくれることにとても救われていた。
 たぶん、ひとりだったら自分のことを延々と責め続けていただろう。
 なぜ階段から落ちてしまったのか。どうして踏みとどまれなかったのか。落ちるにしても、怪我をしない落ち方があったのではないか、とどう考えても無理なことばかりを考え続けていたと思う。
 泣いている間、ツカサは私が何か口にするたびに「それは違う」と逐一訂正し、私が納得できる理由まで述べてくれていた。
 私が罪悪感の淵に落ちないよう、ずっと止とどめてくれていたのだ。
「ツカサ、ありがとう……」
「別に、俺は何もしていない」
「そんなことないんだけどな……」
「じゃ、気持ちだけ受け取っておく」
「うん」
 ワルツが終わればチークタイム。
 いったいどんな曲が流れるのかな、と楽しみにしていると、スティーヴィーワンダーの曲だった。
「この曲、好きなの?」
「……どうして?」
「顔が嬉しそう」
 フットライトしか明かりがない中でのダンスとはいえ、すでに暗闇に目が慣れていた私たちには、相手の表情を読むことなど造作もないことだった。
「この曲が好きというよりは、このアーティストが好きなのかな……。湊先生の披露宴で、ファーストワルツに流れた曲もスティーヴィーワンダーの曲だったでしょう?」
「覚えてない」
 真顔で答えるツカサが少しおかしかった。でも、私も大差ない。
「あの曲は好きで覚えていたのだけど、この曲は曲名までは覚えてないの」
 正直に白状すると、ツカサがクスリと笑った。
「じゃ、あとで曲名を調べよう」
「ツカサも好き?」
「悪くない」
「やり直し」
「……割と好き」
 小さな声で話しながら、身体は完全にツカサへ預けていた。
 ロウソクの炎のようにゆらゆらと身を揺らす感じが心地いい。
 ツカサの体温を感じながら、去年のチークダンスを思い出す。
 あのとき、私もツカサも相手の好きな人は別にいると思って話していたから、今思えばひどく滑稽な会話をしていたと思う。でも、あのときの私たちはとっても必死で、そんな時間も今の私たちにつながる過去なのだ。
「ツカサ、未来の私たちは今日の私たちをどんな気持ちで振り返るのかな?」
「さぁ……未来のことなんてわからない。でも――」
 でも……?
「俺は間違いなく翠の隣にいる」
「……そうだったらいいな」
「……翠」
「ん?」
「キスしても?」
 普段なら学校ではだめ、と言うところだけど、今は――。
 そっとツカサの顔を見上げる。と、
「それ、いいように受け取るけど?」
 私はコクリと頷きツカサのキスを受けた。