そのとき、廊下から入ってきたクラスメイトに名前を呼ばれた。
「翠葉ちゃーん、藤宮先輩が迎えに来てるよ!」
「え……?」
「あら、話してなかった?」
 モモカサン、ナニヲデスカ……?
「基本、後夜祭のパートナーがいる人は、パートナーがクラスまで迎えにくるのよ?」
 色んな話を聞いて知ったつもりになっていたから、当日になってまで自分が把握していないことがあることに驚きを隠せない。
 こんなことが今日は何度あるのか――。
「藤宮司が待ちぼうけとか面白いけれど、周りの男子が迷惑被る前に行きなさい。私も後夜祭の運営があるから先に行くわね」
 桃華さんはドレスの裾を軽やかにつまみ、私より先に教室を出た。

 教室前の廊下には複数の男子がいて、そのうちのひとりがツカサだった。
「御園生さん、超きれいっ!」
「なんていうか、美しいよな……」
「藤宮先輩羨ましいです」
「おまえ、彼女いんじゃん」
「おまえだってっ!」
「いや、もうなんていうか彼女とは別でしょ。姫は観賞用」
 知っている人知らない人の言葉に浅く会釈して通り過ぎ、ツカサの前まで来ると、
「お待たせしました……」
「どういたしまして」
 左手を差し出され、その手に右手を預ける。
「足は?」
「えぇと……」
「正直に話して」
「少し痛い……」
「本当に少し?」
「……だいぶ痛かったけれど、今はお薬が効いているのか、少しよりちょっと痛いくらい」
「踊れるの?」
「踊るよ」
「強がり?」
「どちらかと言うなら負けず嫌い」
 階段に差し掛かるとツカサが足を止め、自然な動作で横抱きにされた。
「わっ……運んでくれなくても大丈夫だよっ!?」
「階段の上り下りくらいは言うこと聞いてくれていいと思うんだけど」
 至近距離で懇願され、私は口を噤んでツカサの首に腕を回した。
 人がまったくいないわけじゃないだけに、恥ずかしくなった私はツカサの首元に顔を埋め視界を遮る。
 そうして、二階に着いた時点で下ろされたわけだけど、
「どうせなら一階まで下りてくれたらよかったのに……」
「それじゃつまらないだろ?」
 口端を上げて楽しそうに笑うツカサを見て、「え?」と思う。
「テラスから桜林館に入れば観覧席からフロアへ下りる際も横抱き確定。つまり、ペナルティを負ってる人間には面白くない光景になると思うけど? いっそのこと、みんなの前で口づけようか?」
 ……ここに私よりも性質の悪い魔王様がいる。
「キスはだめ。それと、怪我したって思われるのも悔しいから抱っこもだめ。その代わり、怪我をしているだなんて思われないようなエスコートをして?」
 そんなお願いをすると、
「負けず嫌いの過ぎる姫だな」
 ツカサは文句を言いつつも了承してくれた。