フロアが静かになり曲が流れる合図があった。
 私たちは優雅に礼を交わし、音楽に合わせて踊り始める。
 スローワルツに使われるのは「The closest thing to crazy」という曲。
 約三分という短い曲を、休憩を挟みながら何度も何度も踊ってきた。
 今となっては勝手に身体が動いてくれる。
 姿勢のキープや視線の据え方、足の運び、笑顔の作り方――それらすべてが無意識でできるようになる程度には、踊りこんできた。
 最初は何もかもが難しく思えたけれど、練習を重ねるたびに一つひとつできるようになって、初めて通して踊れたときには嬉しくて泣いた。
 その場にはツカサがいて、
「泣くほどのこと? まだ直すべき点はたくさんあるんだけど……」
 と呆れられつつ涙を拭われた。
 きっと、普通に運動ができる人にはわからない気持ちだろう。でも、私にとってはものすごく久し振りの運動で、「体育祭」なのだ。
 運動という運動は手術後のリハビリくらい。もっとも、日常をクリアさせるためのリハビリを「運動」と言っていいのかは疑問が残るし、そんな自分が本当に躍れるのかすらわからなかった。
 ワルツの代表に選ばれたときは嬉しい気持ちもあったけれど、それを上回るプレッシャーを感じていた。
 人に迷惑をかけないように、というのは最低限のレベルにすらならなくて、組の代表としてほかの組の代表者たちと闘える程度に踊れるようにならなくてはいけない。と、必要以上に自分を追い詰めている感もあった。
 だからこそ、少しずつクリアして前に進めることが嬉しかったし、ワルツメンバーとして闘えるだろう手応えを得られたときには泣くほど嬉しかったのだ。
 ツカサ、あの瞬間はね、「ちゃんと紫苑祭に参加できる」と思えた瞬間だったんだよ。
 ワルツが終わったら、風間先輩と静音先輩に心からお礼を言おう。
 このふたりが動いてくれなかったら、私はこんな形で紫苑祭に参加することはできなかったのだから。
 ツカサ、今、見てくれてる? 私、ちゃんと踊れてる?
 ツカサの評価はどの審査員よりも厳しそうだけれど、あとで今日の出来栄えを評価してね。
 足はまだ痛いけれど、薬が効き始めたのか痛みが強くなることはない。それに、ここまでノーミス。
 佐野くん、最後までノーミスで踊りきるよ。
 そんな視線を向けると、「わかってます」といわんばかりの視線が返ってきた。
 人の悪意によって怪我をしたのに、おかしいな……。私、今すごく楽しい。すごくすごく楽しい。