紫苑祭二日目――支度を済ませてダイニングへ行くと、窓の外には雲が広がっていた。
 雲は低い位置にあり、色も白ではなく濃い目の灰色。
 つまり、今にも雨が降り出しそうな空模様。
「雨が降るのは午後からって話だけど、これはもちそうにないかな……?」
 それでも、今日はすべての競技が桜林館で行われるため、雨が降ったところで困ることはない。
 紅葉祭のときのようにステージが設営されることもないので、後夜祭も桜林館で行われるのだ。
 ぼんやりと空を眺めていると、お茶とスプーンを持った唯兄がやってきた。
「身体、痛い?」
「ん、少し。……でも、今日からお天気が崩れることはわかっていたし、耐えられないほどの痛みじゃないよ」
「……体育祭を見学しろとは言わないけど、我慢はしない。無理もしない。いいっ?」
「うん、わかってる」
 テーブルに着くと、お母さんが朝食を運んできてくれた。
 いつもと変わらない、卵と長ネギが入った優しい塩味のお粥。
「今日は仕事で外出する予定だけど、午後過ぎにはマンションに戻ってこられると思うの。何かあれば連絡しなさいよ?」
「うん、ありがとう」
「っつーか、碧さんより俺っ! 今日はずっとマンションで仕事してるし、何かあればすぐに迎えに行くよ。病院だって連れてくしっ」
 必死に主張する唯兄がおかしくて、思わず笑みが漏れた。
「ありがとう。でも、たぶん大丈夫だから」
 お粥を食べながら、右側の誰も座らないソファを見る。
「蒼兄、今日は早くに出て行ったのね?」
「えぇ。今日は幸倉で打ち合わせをしてからお客様の自宅へ行くって言っていたわ。県外のお客様って言っていたから、余裕を持って出たんでしょう」
 そんな話をしながら三人で朝食を済ませた。
 家を出る間際まで唯兄に念を押されていたけれど、そこまで痛みがひどいわけではない。
 まだ、恐怖を覚えるような痛みではない。
 それに、痛みがひどくなったとしても、病院へ行けば痛み止めの点滴を打ってもらえる。それで痛みが引かなくても、トリガーポイントのブロック注射が控えている。
 そして、一度フラットな状態になればそのあとは、相馬先生が鍼やカイロプラクティックで状態維持を手伝ってくれる。
 去年までとは何もかもが違うのだ。
 それがわかっているだけで心を強く保つことができる。「余裕」って、大事――。