「おれ、おまえのおにいちゃんじゃないんだよ~?これって、衝撃の事実ってやつじゃない?」
あたしの頭を撫でながら真っ赤な顔をした兄ちゃんはそう言った。このクソ兄貴ときたら。何を言ってんだか。本当にいつも酒癖悪すぎて困るのはこっちなんだからね。弱いくせに今日はずいぶんと飲んだようだった。
「何言ってんの、てか頭なでんのいい加減やめろばか!」
ぺしっ、と撫でてた手を叩く。
「いった~い。もー、叩くことないじゃんかわいいな~」
「かわっ...!だから、そういうのもやめろって言ってんの!!」
今日は重症だ、いつもの兄ちゃんはこんなこと言わない。「ばか」だの「クズ」だのしか言わない、いわば毒舌な兄ちゃんから「かわいい」なんて言葉はまず出ない。
「もー、そんなことばっかり言ってるとおれ、何するか分かんないよ?」
途端に、兄ちゃんの口角がくいっと上がった。うわ、これヤバいやつだ。
「このクソ兄貴!何って何よ!!」
「それはもう、あんなことやこんなこと?」
どんどんと顔を近づけてくる。え、ちょ、待って、
「ちょ、ちょっと!待ってまって、何すんのちょっと近い!!離れろばか!!」
「え、何すんのってちゅーだよ」
「はぁぁあ?!ちょ、待ってってば!!」
ヤバい、あと3cmもない。躊躇なく顔面をぶん殴る。
「いったぁ!ちょっと何すんのさー」
「こっちのセリフ!かわいい妹に何してんのよこのクズ!!」
危ない、殴んなかったら確実にされてた、危ない。って待って、殴ったのにまだ近づくかこいつ。どんどんと間合いを詰められる。
「...だから、妹じゃないってさっき言ったじゃん」
「っはぁ?!まだそれ言うか!!へたなウソつくのやめろ...ってば....」
あたしが喋ってる、というか叫んでる途中に、兄ちゃんの表情が急に曇った。あたしを見る眼がどこか悲しかった。
「........ウソじゃない。おれはお前の兄ちゃんじゃない」
「...なにそれ、あたしにウソついたらどうなるか分かってるよね?」
「分かってるよ。1か月は口訊かない、無視する、殴る蹴る、エトセトラ。だから、ウソなんて言わないよ」
「じゃあなんでウソついてんのよ今。もっかい殴ってほしいの?Mかよ」
「違うって。ほんとに、ほんとなんだ」
兄ちゃんはウソをつくとき髪を必ず触る。今は、触って、ない。こちらを真っ直ぐな眼で見つめる。
「...........なに、それ、そんなの信じられるわけないじゃん、大体なんで兄ちゃんがそんなこと知っててあたしは知らなかったの?」
「そんなの、お前が傷付くのが目に見えてるからだろーが。それくらいわかってくださいよーほんと鈍感だね」
「....うるさい、黙れクソ」
「うぃっす」
頭の中がいろんなことでグチャグチャしてる。どういうことなの?兄ちゃんが、兄ちゃんじゃない...?本当に?それとも酔ってるだけ?............本当、なの?これでウソだったら本気で殴る。
「.............兄ちゃん、あの、さ.............はぁ、寝てるし」
呆れた。ほんとに、ほんとなの?そう問おうとして振り向いたが、当の本人は夢の国に旅立ってしまっていた。勝手に寝るなよ、まだ話終わってないのに。
「.......まぁいいや」
寝顔をのぞきこむと、すごく幸せそう。かわい...くないし、別にそんなこと思ってない、うん、いやそんな、確かに結構カッコいいの部類には入りそうな顔立ちだけども、こんなクソ兄貴、いや、兄貴じゃないんだっけ?じゃあクソか。
「起こすのもなんかなぁ...もういいや、訊くの明日にしよ。あたしも眠いし」
そう、あたしが眠いから。このクソを起こすのがかわいそうとかじゃないから。あたしが、眠いから起こさない。勘違いするなよクソ。
ベッドに行くのもめんどくさい。いいや、ここで寝よう。近くのソファに腰を下ろす。
『おれ、おまえのおにいちゃんじゃないんだよ~?』
さっきの、間抜けな声を思い出す。
「.....兄ちゃんじゃない.....か」
あまり悲しくないのはウソだと思ってるから?それとも........
