睨んでいる相手はまさに日里さんで、ここで私たちと話していることを怒っているようだ。
「じゃ、またあとでね。あ、それと、色々事情があるのはわかるけど、この顔とお金に騙されちゃダメ。
女の幸せは愛されてこそなんだからね」
「あ……愛……」
「そう。よーく考えないとだめだよ。私なんて身分違いの結婚だけど、愛されて幸せだし……でね、」
「日里、お前いい加減に……」
「あー。わかってるわかってる。じゃ、クリームカニコロとほっけだねー」
日里さんのことを怒鳴りそうな勢いで椅子から腰を上げた紬さんの傍らを抜けるように、日里さんは慌てて調理場の奥へと走って行った。
その合間に私に向かって軽く笑っているところを見ると、それほど紬さんの言葉に落ち込んではいないようだけど。
そして、調理場に行ってもお母さんらしき人に何やら言われて小さく肩をすくめていた。
けれど、彼女の笑っている表情を見れば大して気にしているようではなくて、お母さんもそんな彼女の様子には慣れっこのようだ。
こじんまりとしたお店だとはいえ、満席ともなると喧嘩をしている時間もないだろう。
二人で切り盛りしている店内には料理を待つお客さんが沢山いるし。
手際よく調理を進めるお母さんと、盛り付けをしてお客様に運ぶ日里さんの無駄のない動きは見ていて気持ちがいいほどだ。
二人とも気が強そうだけど、結局は仲がいい母娘のようで、羨ましくなる。
幼い頃に別れた母とはこうして一緒に台所に立つことはなかったし、これからもないだろう。
ちらりとそんなことを考えて、きゅっと胸が痛くなる。
諦めたはずの、そして、叶うことのない夢が、時折私の弱さを刺激する。

