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「遅い」


二ノ宮朔は私の顔を見るなり、その整った顔を歪めて不機嫌いっぱいに吐き捨てた。

「す、すみません」

だって社長にさっき言われて来たのに~。
なんて言い訳はもちろん出来ずに、とりあえず車で撮影所に向かう。

「あの、二ノ宮君。今日からしばらく代理マネージャーをする、梶原です。宜しくお願いします」

バックミラー越しに軽く頭を下げれば、二ノ宮朔はチラッとこちらを見た。
所属俳優とはいえ、私みたいな下っ端には日頃接点の無いスターだ。テレビで見ることの方が多いかもしれない。
本当に綺麗な顔してるなあ。

「朔、でいい。あんたは?」

ん?

下の名前を聞かれているとわかり、慌てて返事をする。

「ゆきです。雪の姫と書いて、ゆき」

「は?」

一瞬、朔の動きが止まった。
え?私何か変なこと言った?
わからずに戸惑う私に、朔がからかうような目を向けた。

「なるほど、だからか。城ノ内さんのお気に入りね」

え?


朔の言葉の意味を聞く間もなく、車は撮影所に到着した。
駐車場票とパスを受け取って車ごとゲートをくぐる。

「駐車エリアがちょっと遠いので、私が車を停めてきます。に……朔はカフェで待っていて」

ゲート側の所内カフェテリアを指して言えば、彼は文句も言わずに大人しく車を降りてくれた。
本当は一人にするのもどうかと思うけど、朔はこれから何時間も立ち続けの演技をする予定だし、少しでも歩かせたくない。

にしても。

……『だから』『城ノ内さんのお気に入り』ってどういう意味なんだろう……?
私が日々、副社長にからかわれてるのってそんなに有名なのかなあ。