君の名を呼んで

芹沢社長は一瞬手を止めて、けれど挑むように私を見た。

「馬鹿をおっしゃい。大体ただのマネージャーのあなたが、どうやって支払うっていうの」

それまで黙って私の隣に居た桜里が、アタッシュケースを彼女のデスクに放り出す。

「キャッシュで三千万。こんなはした金で宜しければ」

ケースを開けた芹沢社長の顔が驚愕に彩られた。

「なっ……!」

「あなたのような野心家はとても魅力的ですが、今後雪姫にもBNPにも関わらないで頂きたいですね」

そう言った桜里の冷酷で美しい微笑みを目にした芹沢社長はもう何も言わず、ただ私を睨みつけた。
それに背を向けて、私は歩き出す。

出来ることをしたら、後はやらなきゃいけないことをするために。


そのまま私が向かったのは病院。


蓮見君の病室へ入れば、彼は痛々しい姿でベッドに横たわっていた。もう意識はちゃんとしているし、怪我も回復に向かっているそうだけれど……。

私は病室を見回した。そこはお花やプレゼントだらけ。
ファンからのものや、スタッフからのものなんだろう。
どんなに彼が愛されているか、よくわかる。


「蓮見君」

声をかけたなら彼は驚いたように私を見た。

「雪姫さん?」


もう、いつかの怖かった蓮見君はどこにも居なくて。
まっすぐに私に謝ってくれた彼が、本当の蓮見君なんだと確信した。

「助けてくれてありがとう」

そう言ったら、蓮見君は心底安心した顔をして。

「無事で良かった」

って、私に微笑んでくれたんだから。


蓮見君とは少しだけ話をして、すぐに病室を出た。

「じゃあ、お大事にね。本当にありがとう」

最後にそう伝えたなら、蓮見君は柔らかな笑顔で手を振ってくれた。

彼には何も伝えて無い。
きっと芹沢社長も言わないはず。
それでいい。


病院の駐車場で待っていてくれた桜里は、戻って来た私を包み込むように微笑んだ。
それに少なからず慰められて、小さく笑えた自分に驚く。

彼の秘書が運転する車に乗り込めば、桜里は私を見て、穏やかに問いかける。


「本当に、いいんですね?」


私は答えずに、ただ前を向いていた。