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目を覚ましたなら、まだ真夜中を少し回ったところだった。
いっそ朝なら、何も考えずに支度して家を飛び出していたのに。
手元の携帯で時間を確認して、私はまた枕へ頭を落とした。

「ああ、明日行きたくないなあ、会社」

「なら、サボって僕とデートしませんか」

ベッドに突っ伏してぐだぐだと呟けば、すぐ傍から声がした。


皇、じゃない。


一気に記憶が蘇る。

「桜里っ!?」

慌てて跳ね起きた私の顔を覗き込むように、彼がそこに居た。
スーツの上着を脱いで、銀色の縁の眼鏡もネクタイも外している完全オフの姿でも、私の小さい部屋には似合わな過ぎる美しさ。

「ずっと、ついててくれたの?」


桜里は世界的にトップレベルのモデルで、日本に帰ってきたって無駄な時間は一秒たりとも存在しないはずなのに。
それにいつもぴったりついているはずの、彼の秘書も警護も居ない。

「お茶でもいれましょうか」

立ち上がる彼を慌てて止めた。

「ダメ!!私がやるから!絶対ダメ!」

「大丈夫ですよ、保険掛けてますし」

「ダメダメダメ!!!」


彼の身体は城ノ内副社長風に言うなら『最高級の商品』なんだ。
万が一やけどや、少しの切り傷でもつけたなら、莫大な損害賠償金が発生する。

「可愛い雪姫のためにお茶をいれることすらできないなんて。寂しいですね」

そう言う桜里は、ほんとにちょっぴり寂しそう。


「桜里、なんで帰って来たの?何かあったの?」


私の問いかけに、彼は綺麗な笑顔でにこりと微笑む。
隙のないその表情は、私を屈服させるときのそれーー


「雪姫、
城ノ内皇とは、別れなさい」