さらのお父さんをちょろっと見かける機会は多かったが、いつも上は作業服だった。今日は上下揃いのスーツを着て、高校生の僕の目から見てもピシッとしている。

「いやー、すまないね。別に二人の仲をなんか疑ってるわけじゃないんだ。」

篠宮父の運転する車に乗って自分の家に向かう僕はガッチガチだった。両親には「彼女の父親が来る」と言ったら、やっぱり同じように勘ぐられた。

「娘の事いっつもよくしてもらってるからさ、ご挨拶できたらしたいなって。」

篠宮父は上機嫌だ。篠宮娘は不機嫌だ。僕は混乱している。車が家の近所に差し掛かる。近所の人が今の僕の状況を見たらどう思うだろう。

「あ、そこの角、左に・・・お願いします。」
「ん?・・・ああ、左折でいいね。」

なんだか護送される犯罪者のような気持ちで自宅前につく。

「ここが・・・」

なぜかさらの機嫌がなおった。そういえば家に連れてきたことはなかった。

「・・・あとでたかしの部屋見せて!」
「う・・・うん」

そんな余裕があるのかな?と考えつつ曖昧に返事しながら、自宅のインターホンを鳴らす。

-あ、はい、新田です。-

「ねーちゃん、僕。」

インターホン越しに家の中で誰かが転倒した音が聞こえてきた。しばらくして玄関が開くとなぜかこんな早い時間に父がスーツを着て家にいる。

「あれ?父さん・・・」

しかし、僕の声は両親の挨拶にかき消された。頭上で大人の挨拶が繰り広げられる感じだ。篠宮父はいつの間にか菓子折りまで用意していた。

「あら!羊羹大好きなんです!」

これは嘘ではない。ただ、貰う前に一瞬でも遠慮してほしい。

「どうぞどうぞ、汚くしてますが・・・」

その「汚くしていた家」を半日かけて掃除させっれたのは僕だ。篠宮父は始終嬉しそうにしていた。安月給父とパートに出ている母が維持している4人家族(本当はもう一人兄がいるが結婚して家を出た)の一軒家だ。まともな応接間なんかないが、普段姉が占拠している(自分の部屋もあるのに!)リビングが久々にリビングとして整備されていた。姉は散々文句を言っていたが、篠宮さらを見て表情が変わった。廊下で僕の袖を引っ張って耳打ちする。

「ものすごい美人じゃん!」
「今、それどころじゃないでしょ!」

そう、それどころではない。篠宮父は促されてリビングに腰を下ろすと母がさっそく貰った羊羹を切ってきた。

「母さん、なにも今切らなくても。」
「え!・・・まずかった・・・かしらね?」

篠宮父がにこにこしながらフォローした。

「食べる為に買ってきたものなんで、是非、私もいただいていいですかね?」

僕はあまり甘いものが好きではないが「この」羊羹は美味しかった。