「なにかを定義したがる。うんうん、いいですね人間らしくて。そうでなければ犬がにゃあとでも鳴くようなもんだ。つまり、ありえないってね」

わざとらしく頷きながら暗に自分は人間ではないと告げるその奇妙な人物に、穂月はさらに顔を険しくする。

「ファンタジー気取りに興味は無いんだけど」
「ファンタジーね。それもあんた達が作った便利な言葉ですからねえ。信じられないものは全てそれだ」
「……何様よ」
「さあね」

この、人を食ったような物言いが気に食わない。
しかしそれ以上に、目の前の人物の口から紡がれる言葉にはどうしても引っかかるものがあった。

――ああ、そうか。

話しているうちに段々、その違和感の正体が明らかになってくる。

――そうなのね、こいつは。

口調の節々でその疑念は確信に変わり、穂月はその人に視線を浴びせた。
どちらかと言うと、既に睨んでいると言って間違いはない眼力だったのだが。

「あんた、ものすごく人間を下に見ているんだ」
「違いない。あんたらで言う、犬とか猫とかを見てる感覚ですよ。いやはや、可愛らしい。お手!」
「……」
「やや、そんな目で見ないでください。あんた達だって動物を愛でるだろうに。こっちからしてみたら人も猿も犬も大した差なんかない。どれも死ぬ」
「自分は死なないとでも?」
「そりゃ、命が限られているのなんて下等動物ぐらいだ。しかも百年無いのでしょう?お可哀想だねえ。まあ、なんだ。自慢じゃあありませんが、私は全生命の中でも更に特別だったりするんですよ」

その人は敬語とざばっくらんな言葉をごちゃ混ぜにしながら得意気に言って胸を張った。

「命を抜いたり、入れたりできるんだからねえ」
「……神だとでも言いたいわけ?」
「神なんて信じてないんだろう、どうせ。確かにある人間は私を神と呼ぶね。他にもいろんな名称を持ってる。悪魔だの妖精だの精霊だの魔王だのお天道様だの天使だの閻魔だの正義だの偽善者だのペテン師だの、たくさんたくさん呼ばれてきましたからね。だが、どれも違う。なんと呼んでも構やしませんが、どれも私の名前ではない。私に名前なんてないんだからね。私は私なんですよ。いくら聞かれてもそうとしか言えないんです」
「少なくとも、神と閻魔っていうのは相反するんじゃないの?」
「まさか。制服を着た君とパジャマを着た君は別人なんですか?……まあ、君にとっては悪魔で違いないでしょうね。だから来たんだしさあ、ここに」
「……何が言いたいの」

すこしだけ穂月の顔色が変わった。
それを指差して、その人は面白そうに笑いながら演技がかった抑揚で彼女に問う。

「そーうそう、あんた……死にたいんですよねえ?」
「なんで、知って……」
「悪魔ですから。ああ、まあこれはあくまであんたにとっては、なんですがね。さて、さて」

ベッドに座ったままの悪魔は膝に手を置いてずいっと身を乗り出した。

「おいのち、取り引きしませんか?」

それはまるで遊びの誘いのように、気楽な提案だった。