「つまりな、俺の青い薔薇は、君で言う電子顕微鏡ってことだ」

話を強引にまとめ出した男に、その人はもうどう言っていいのかも分からずに気の抜けた返事を返した。

「……はあ」
「そんな間の抜けた声を出すもんでもないだろうよ、色男。いやなよっちいから女なのか?それはまあ、未知の人に言ってもしょうがないのかもしれないがいやしかし、気になるなあ。いっちょ、脱いでみたらどうだ?」
「嫌に決まってるでしょう。なんであなたの興味を満たすためにそんなこと」
「ふむ、裸に羞恥は覚えるのか。いやまあ、恥ずかしながら未知との遭遇というのは初めてなものなのだから、気になるのも仕方があるまい。……と、さて、俺は元々なんの話をしていたんだ?」

首を捻る男に小さな声でなんなんだ、とだけ聞こえない程度に呟くと、その人は思い出すようにして言った。

「ええと、青い薔薇が……なんでしたっけ」
「そう、それだよ、君。俺は好奇心で青い薔薇を研究し作り続けている。死後の世界を覗いて見たいと思うのと同じように。電子顕微鏡の世界を見てみたいと思うのと同じように、だ」
「死後の世界……ねえ。私は考えたこともなかったけれど」
「君、それは勿体無い話だなあ。君ならそれを知っているかともちらりと思ったが、どうやら期待はブルータスお前もか」
「Et tu, Brute?いきなりなんでそんな言葉が」
「え、君なんて?」
「ユリウスの言葉でしょう?私、暗殺されるのを近くで見てましたから。命を貰ったんです、もちろん合意で」

にこにこするその人に出鼻を挫かれた男は、ごほんと一つ咳をすると気を取り直したように続けた。

「つまりだ。俺は青い薔薇が欲しい。そのために君のその翼から一枚羽根を頂けないだろうかという、そういうお願いならどうだ?」
「羽根ですか。うん、まあ面白そうだからいいですよ。本当は命の取り引き以外の願いなんて聞いてやる義理は無いんだけどね」

自分の大きな翼から、身体を捻って羽根を一枚抜くと男に渡した。
男はそれを手袋をした手で持って満足げに笑うと、丁寧に包んで入れ物に仕舞った。
それで、鋭利な刃物で自分の指先をほんの少し傷をつけると、硝子の板に指先から出る血液を二滴垂らして電子顕微鏡にセットした。
それらを青い翼のその人は不思議そうに見ていたが、男にちょいちょいと手招きされてそちらに向かった。

「……今度はなんです?」
「俺が青い薔薇に近付いただろうお礼に、君の好奇心も見たしてやろうと思ってな。ほら、画面を見て御覧なさい」

言われた通りに示された画面を見ていると、そこには大量の灰色の円盤がゆっくりと動いている映像だった。

「なんですか、これ?気持ち悪い」
「気持ち悪いとは、君も大概失礼な奴だなあ!これはな、俺の血液だよ。大きくすればこうなっているのさ」
「血液!これがですか?うわあ……」
「だからそう、ちょっと引いたような目で人の赤血球を見るなというのだ。まったく……ああ、なら更に凄いのを見せてやろうか」

いそいそと準備をしだす男に慌てて声をかける。

「もういいですよ!てんし……天使顕微鏡?はよく分かりましたから」
「天使って……いいから、ほら。これなんかなあ、病原菌だぞ。こいつが人間の身体に入ったら一発で死ぬ!」
「なら出すな!も、もう用事が無いなら帰りますからね」
「まあ待ちたまえよ、今妻が出かけていてその、寂しいのだ」
「大の男が寂しいとか言わないで下さい気持ち悪い!」
「君……っ!本当に失礼な奴だな!なら、あれだ。今妻が妊娠していてな。まだ三週間目とかなのだが」

逃げ出すその人の服を掴んで、慌てたように早口で話し始めた。

「君と出会ったという記念に、その子の名前を考えてくれないか?」
「言うことがいちいち唐突だなあ!男の子ですか?女の子ですか?」
「分かるわけないだろう、君!まだ三週間だぞ?」
「じゃあ付けようもないじゃないですか……」
「男の子と女の子の二パターン考えてくれればいいじゃないか!」
「うわあ、俺様だなあ……」

呟くと、その人は少し考えるように顎に右手を当てた。

「……『月』のついた名前がいい」
「月のついた名前?」
「ええ。私、少し前にあなたと同じような人間に会ったんですよ。……月に行きたい人間っていうのにね」
「ああ、それはいいな。青い薔薇はひと昔前の月か。それは、いい名前になりそうじゃあないか。月子か月男」
「いや、もうちょっと考えてやりなよ」

苦笑したその言葉を最後に、その人は男から姿を消した。
男は静かに微笑んで、青い羽根を取り出すとまた研究に没頭するのだった。