妖精が去ってしまったのを見送った穂月は、なんとなく寂しい気持ちに襲われて紗良里の病室を訪れた。
もう顔を隠すのを諦めた紗良里がにっこり笑って出迎える。

「穂月」
「おはよ、紗良里。……おはようって言ってももう九時なんだけどね」

気恥ずかしげに笑いながらベッドサイドに置かれた椅子に腰掛ける。

「妖精さんとは、仲良くしているの?」

紗良里の細い声に、穂月は少しぶっきらぼうに答えた。

「まあまあじゃない。あいつ、何考えてるかよく分からないしさ」
「穂月と妖精さん、気が合いそうだと思ったんだけれど。あの人も皮肉屋のところがあるから」
「私も皮肉屋だって、そう言いたいのね?」
「ほらもう!そういうところよ」

楽しげに笑う紗良里に、穂月もつられて笑ってしまう。
なんとか笑いを収めながら、紗良里は呟いた。

「なら、良かったわ」

そんな紗良里の穏やかな横顔は綺麗だった。
真っ白でするんとした髪の毛が小さな顔と細い身体に沿って流れている。
透明感のある肌に、潤んだ瞳。
右手が千切れているのが痛ましいが、彼女は変わらず美しかった。
まるで雪の国のお姫様のよう。
そんなことを考えている穂月に、紗良里は戸惑った顔をこちらに向けた。

「どうしたの、穂月?」
「……ああ、ごめん。ちょっと考えごとって言うか」

さすがに本人にそんなことは言えない。
でも、中学生の頃よりも更に綺麗になった気がした。
輝くような美しさではなく、もっと儚いものだ。
硝子細工のような美しさを感じて、そこで穂月はなんだかもうすぐで紗良里が壊れていなくなってしまうような錯覚を覚えた。
まるで、硝子細工が割れるように突然に、雪が溶けるように当たり前だとでも言うように、いなくなってしまうような。
よく分からないが、そんな気がしてしまうのだった。

なんとなく不安な気分に襲われていると、窓の向こうから青い鳥がこちらに向かって来るのが見えた。
……いや、よく見るとそれは妖精で。

「あら、来たのね」

紗良里は嬉しそうに言って、にっこりさせた目が付いている左手で窓を開けた。
妖精は器用に病室に入ると、大袈裟に目を見開いて穂月を見る。

「なんだ、来てたんですか」
「そっちこそ。用事?なら席外すわよ」
「うーん。どうしたもんですかね」

迷うような素振りを見せて、妖精は自分の頭に付いた角を二三度指で弄ると、「まあいいか」と呟いた。

「うん、とりあえずいてもいいや。って言うか、いてください」
「あら、そうなのね。それならまた、お話ししに来てくれたの?」

紗良里はにこにこしながら妖精にそう話しかける。
妖精はまだどこか言いづらそうにして応えた。

「まあ、そんなところですかね。穂月がいるなら丁度いい」
「……私がなにか関係あるの?」
「そうですよ。今日は……濁花誕生物語をお話ししますからね」

その言葉に、穂月は口を閉じた。
一瞬だけしん、とした間が開く。
妖精は青い翼をぱたり、ぱたりと動かした。
その度にそよそよとした風が二人の髪を僅かに揺らす。

「青い薔薇を作るためにね……」

やがて、妖精はぽつりぽつりと話を始めた。