穂月は作り終えた朝食をお皿に盛り付けながら、ソファでテレビのリモコンをいじっている妖精に声をかけた。

「今日は早いのね。って言うか、最近うちに入り浸りすぎなんじゃないの?」
「居心地いいんですもん。紗良里との契約にも含まれてるし」
「なによ、紗良里との契約って」
「秘密。契約内容はそれが完了するまで、私の口から言うことは出来ないですからね」
「ふうん……じゃあお母さんとの契約は完了したってことなのね。私と紗良里に教えたんだから」
「そうなるね」

頷く妖精に、穂月は疑問を呈した。
あの日紗良里のお見舞いに行ってからというもの、僅かに引っかかっていたことだ。

「なんで突然紗良里は実は死んでたんだ、なんて白状したの?あの口ぶりじゃ、今まで嘘ついてたんでしょう?」

穂月のこの言葉に妖精は、いつもの皮肉めいたものではない、本当に優しそうで柔らかな微笑みというのを浮かべた。
そうするその人の姿は絵に描いたように美しく、澄んだ水流の髪が日の光に撫でられてきらりきらりと光っている。

「……気がついたんですよ」
「……え?」

一瞬妖精に見惚れていた穂月は、慌てて自分の問いの返答に耳を傾けた。

「私がどうするべきかって、そういうことを、ね。言い方を変えるなら、覚悟を決めたってことかなあ」

言葉を濁す妖精に穂月は眉を寄せた。
具体的な言葉をわざと避けるかのようにした答えに疑問は更に深まってしまう。
もう一度尋ねてもなおもはぐらかされてしまうので、穂月は軽く息を吐いてそれを諦めた。
自分で作ったフレンチトーストを頬張っていると、なにやら視線を感じた。

「……なに?」
「いやあ……随分きらきらした食べ物だなあ、と」
「人間と契約だとか取り引きだとかをしといて、時々びっくりするようなことを知らないよね」
「あなた達の十年は私にとっての十分ですからね。特に人間の技術の類いの変化はめまぐるしすぎる」

フレンチトーストはそれなりに歴史があるのではないかなどと思いながらも、穂月の口からは少し皮肉めいた呟きが零れる。

「なら私の寿命は一時間とちょっとってわけね」
「例えばの話だよ、例えばの」

妖精は華奢な肩を竦めてみせると、少し考え込みながら言葉を足し始めた。

「私と人間とで流れてる時間が違うわけじゃないんですよ。こうやって話せるわけだし。ただ、感覚として感じている長さが違うって感じじゃないかなあ。ああ、そうだ、人間の子どもの一年間と大人の一年間は感覚的に長さが違うって言うでしょう?あれの極端版ですよ」
「分かるような分からないような説明ね」

頷いて、それならとフレンチトーストの最後のひとかけらを口に詰め込みながら立ち上がった。

「作ってあげようか?妖精サンの分さ。食べてみたらいいじゃない」
「私は食事は」
「やってみなきゃ分からないことだってあるでしょう?必要がないっていうのと不可能っていうのは違うじゃん」

再びエプロンを付け始める穂月に、妖精はカラコロと笑いながら声をかけた。

「いやだなあ、違うんだよ穂月。私は食事が必要ないんでもやらないんでもない。出来ないんです」