妖精が帰ってしまうと、途端に脳内に『声』が響いた。

――ああ、行ったのね。

「妖精さんは、嫌いなの?」

――あれは、紗良里にとって双子で、鏡なの。
――あなたの肩の目であれを見ることは出来るけれど、何を話しているかは分からないのだから、そもそも嫌いになりようもないのだけれど。

「ああ……この肩の目は、あなたの目なのね」

――ああ、でも、そんなことはどうでもいいの。
――紗良里、聞きたいことがあるのよ。
――なんで、嫌いなのって。
――なんであなたは、そんなに紗良里が嫌いなの?

「あなたは紗良里じゃない。それは私の名前よ」

――あなたが紗良里なら、あたしは濁花になってしまうもの。

「……濁花?あなたは、濁花なの?」

――あなたは濁花が嫌いでしょう?
――でも、貴方には好いてほしいの。
――だから、あたしは紗良里よ。

「やめて、濁花。私がお母さんから唯一貰った音を、奪ったりしないで」

――あたしは、なりそこない。
――あたしは、だめだった。
――あなたも、あたしが嫌いなの?

「大嫌い。あなたのせいでお母さんはおかしくなって私は施設に入れられて、ろくな毎日を送ったことがないのよ」

――そうよね。

「……そうよ」

――ねえ、紗良里。
――あたし、もう疲れたわ。
――忌み嫌われながら、人間にしがみついて生きて行くのに、疲れてしまったの。

「うん……私も、疲れちゃったみたい」

――どうしたら、このぴったりくっついた命を剥がせるでしょうね。

「枯れても、いいの?」

――もう、充分に生きたもの。
――どう頑張っても青い薔薇にはなれないって、わかってしまったの。
――あたし、疲れちゃった。

「そうね……人間も、濁花も、きっともうボロボロだわ」

――親であり神である人間が迷惑しているのなら、あたし、この世に居たくないわ。
――あたし、あたしね。
――とてもとても、疲れてしまったの……。



その声に、紗良里は右手で左肩の瞳の瞼をそっと撫でてやったのだった。
少し、悲しそうに笑いながら。