呆然とするが、そんな叶衣の目を醒ませたのはノックも無しに入ってきた姉、夏子の声だった。

「かなちゃーんっ!お姉ちゃんだよう、ただいま参上!」
「……おかえり。それは良いけどノックぐらいしてくれ頼むから」
「いいじゃないのよー。ほら、アタシとアナタの仲じゃない!」
「普通に姉弟の仲だろ。返事」
「あいあいさー」

今年から大学生の夏子は、弟に向かって戯けたように敬礼をしてみせる。
常時このテンションなので、正直うざったいと思いながら叶衣はその敬礼に敬礼を返してみせた。
学校に行けばピヨ子。家に帰れば姉。
このハイテンションコンビにだんだんと叶衣は毒されていた。
更に言うと彼女は清蘭とも仲が良く、この二人が組むとなかなか始末に負えないのである。

「ね、ね!今日はねー、かなちゃんにね、サプライズがあるのよん。知りたい?知りたい⁉︎」
「知ったらサプライズじゃねえじゃん」
「んですよねー。……というわけで」

言うが早いか、夏子は拳銃をポケットから出した。
日本にあるはずのない凶器の口がカチリ、という音と共に叶衣に向く。

「サップラーイズ。天国と地獄、どちらに行けるのでしょうか?大実験!」

パン!

そんな渇いた破裂音とともに視界が急に賑やかになる。
ペーパーリボンと紙吹雪が頭にふわりと舞い落ちた。

「へへへ。驚いた?死ぬかと思った⁉︎
あははは、誕生日に実の姉に殺されるってなんだかとってもスリリングでいいね!でも殺人犯になるのは勘弁だなあ」
「いやどう考えてもプラスチック製だったし……なんでもない」

叶衣は冷静に突っ込みを入れようとするも、夏子の恨めしそうな視線に押し黙る。

「ともあれハッピーバースデー!
ケーキも買ってきたよう。でもなんか、今日は二人とも帰って来れないんだって」
「父さんと母さん?」

四人家族の宇田家は、叶衣が反抗期というものに縁がないせいか仲が良く、毎年大体全員の誕生日を祝っていた。

「うん……お葬式だってさ。会場までは一駅だけど、向こう泊まるって。叔父ちゃんの奥さん……伯母さんが事故で死んじゃったっていって」
「ああ……そうなのか」

二人は突然の伯母の死に、少し寂しくなる。
暫くの沈黙の後に、夏子が続けた。

「それで……叔父さんとこ、娘さんがいるらいしんだけど」
「え?なにそれ。従姉妹ってことだよな?そんな話聞いたことねえぞ」
「ね、私も今日初めて知った。それで、お父さん、うちに来ないかって引き取ったらしいの」
「従姉妹が……来るのか」
「明日、お父さん達と一緒に来るって。かなちゃんと同い年だよ」
「へえ。名前は?」

そこで夏子は困ったように首を傾げた。

「それがね、みんな違うことを言うの。
アオノだったりコトリだったりミズキだったりガールだったりチキュウだったりするわけで。なんだろうね、一体」
「ガールとチキュウは無いだろ……どう考えても」
「でも、そう聞いたんだもん。
まあ、明日になれば分かるよ」
「それもそうか。よし、ケーキ分けるか」
「私タルトだからね。これ絶対」
「は?一応主役は俺だよな……」
「買ってきたのは……」
「待てよ俺も……」
「そんな……」
「……」
「…」