十二年後。
高校二年生を謳歌している青年は、今でも時々彼の叔父のことを思い出す。

――もし今まで生きていたら、俺は叔父さんにあの万年筆を作ってもらえていただろうか?
ちゃんとそれくらいの人間になれているだろうか?

彼はもう手がふくふくとしたような年齢一桁の男の子ではない。
秋風が気持ちの良い教室で一人、年頃らしく頬杖をつきながらグラウンドを眺めている。
と、その姿の後ろから、今新たに人影が追加された。
その人影は一体何が楽しいというのか、どこかうきうきと身体を揺らしながら早足で彼の方へとやってくる。
揺れる身体とともに、足音がぱかたん、ぱたらんと空っぽの教室の空気に響かせたが、彼はなおもグラウンドに焦点を当て続けている。
足音の主は呆れたように「んー」と呟くと、グラウンドと彼の目とを繋いだ直線を自分の顔で中断させるようにしてその顔を覗き込んだ。
にいっと笑うと、一際明るい声を投げかける。

「あれれーん。も、し、か、し、て、もしかしちゃわなくても元気無いですね?」
「そう思うなら黙ってろよ、ピヨ子」

足音から想像できる人物の特徴である人工的な金髪が視界に映ったところで、間髪入れずに青年が言葉を返した。
この年頃に金髪はそれ程珍しくもないが、いわゆる進学校である高校では、こんなまっきんきんの頭は充分に彼女の特徴になり得るのである。
彼女、峯岡清蘭に青年は何故だか高校一年生からずっと付きまとわれていた。
言動は突飛抜けているが成績はそれなりに良い。

「かなきゅんが元気無かったら黙ってられない、それがマイ性質。どやあ」
「……」
「え、こんなにたくさん突っ込みどころ用意したのにまさか全部無視⁉︎それともそれとも、気が付いてない感じですか?ならばご親切に教えましょう。
1、かなきゅんってなんだよ!
2、マイ性質とか意味わかんねえよ!
3、どやって口で言うことじゃねえよ!
さあ貴方はいくつ気がつきましたでしょうか⁉︎」
「……お前いつまでここにいんだよ」
「おおっとお!まさかの斜め上、新たな突っ込みですね!さすが全国模試トップクラスの脳味噌のする仕事は一味違うぜ!隠し味はみりんと見た。
質問に答えるとー、かなきゅんすなわち叶衣(かない)と一緒に帰れるまでです」
「俺はピヨ子が帰ったら帰るよ」
「なら私が一歩先に帰りますので、ついてきてください。私って頭良いわあっ」
「黙れ」

――こいつのことはどうも苦手だ。

声に色があるのならこいつのそれは確実に頭の色と同じ黄色だろうな、なんてことをぼんやりと考えながら青年はのろのろと立ち上がる。