私の師匠は沖田総司です【上】

「それで、今日で最後ですから、これをお返しします。今までありがとうございました」

懐から懐中時計を取り出し、龍馬さんに差し出す。

けれど、龍馬さんは懐中時計に手を伸ばそうとせず、それを眺めるだけでした。

「どうしたんですか?」

「……いらね」

「え?」

なぜ、龍馬さんは懐中時計をいらないと言うのだろう。

「大切な物だと言ってたじゃないですか」

「それを返してもらったら、蒼蝶との繋がりがなくなる気がする。俺は、まだおまえとここで他愛のない話をしたい」

龍馬さんは懐中時計に向けていた視線を私へと向ける。

「今日が最後だなんて言わないでくれ」

肩を掴まれ、龍馬さんの額が私の肩に乗せられた。

距離がグッと近くなったことで、龍馬さんの匂いが強くなる。

龍馬さんと過ごした時間は短いけど、私の身体はすでに彼の匂いを覚えていた。

屯所にいる時も隣に龍馬さんがいる筈がないのに、一瞬だけ龍馬さんの香りがすることもあった。

「蒼蝶、頼む……」

掠れた声に甘えるような仕草。

私は思わず、龍馬さんの広い背中に腕を回そうとした。

けど、その瞬間、越えてはならない一線のようなものが目の前に現れた。

この腕を回したら、私はこの一線を越えてしまう。

越えてしまったら、おそらく引き返すことはできない。