「時間か…。」

着替えてから下に降り、パソコンの画面内で見たあの顔を探す。

「あ、いた…。」

データの顔もなかなかの「イイ男」だったのだが、それでもやはり本物には敵わない。このまま芸能事務所に行けば一発で主演が決まりそうな、整った目鼻立ちをしていた。…この顔なら、恋人師になっても問題なかったのに…。

「えっと…西郷さん、ですよね?」
「あ、はい。」

声を掛けると、これまた何とも渋い声が返って来た。

「新海紗姫です。今日はよろしくお願いします。」
「ああ、あなたが紗姫さん。今日はよろしく。西郷龍馬です。」

…といった調子で、いつもと何ら変わりなく仕事がスタートした。この人は本当に、恋人師の資格化に反対していたんだろうか?

「ちょっと休憩しましょうか、この辺りで。」

公園の近くまで来た時、龍馬さんが優しい声で言った。昼下がりの公園からは、無邪気にはしゃぐ子供達の高い声が湧いていた。

「これ、どうぞ。」

ベンチに座るか座らないかのタイミングで、龍馬さんがバッグから缶コーヒーを取り出した。暑くなってきたこの時期には嬉しい、アイスコーヒーだった。

「あ、ありがとうございます。」

缶を受け取り、プルタブを開ける。手元が狂い、親指に少し冷たいコーヒーがかかった。

「あ、大丈夫ですか?」

すかさず、龍馬さんがハンカチで私の右手を拭く。何とも紳士的な対応だ。