私の右手を父ちゃんが握って、左手を母ちゃんが握って。
貧乏だけど笑い声が絶えない、優しかった頃の村の人達によく羨ましがられていた私の家族。
寂しさも苦しさも悲しさも沢山で、あっという間に幸せな想い出を塗り潰しそうになるから、たまにこうやって思い出すの。
私は不幸じゃないし、可哀想でもない。
だって、温かい想い出がこんなにもあるもの。
そう、言い聞かせて。
盃に口を付けた。
こくり、と喉が鳴り酒が胃の腑に流れ込む。
瞬間、焼けるような熱さが寧々を襲う。
生まれて初めて飲んだ酒の熱さ。
寧々はけほけほと咳き込む。
そしてその熱さが漸くなくなった時――寧々は、喉を押さえて倒れ込んだ。
「かはっ……!!」
酒の熱さなんて比ではない。
まるで喉に直接火を入れられたのかのような、激しい熱さとも痛みともつかない苦痛に寧々の顔は紅潮し大きな栗色の目から涙が溢れ出る。
望んでいた死。
否、望まざるを得なかった死。
それは余りにも酷過ぎる光景だった。
のた打ち回る小さな体は痙攣し、涙に濡れた頬に土がこびり付き嗚咽混じりに鮮血を吐き出す。
やがて呼吸は浅くなり、肺から空気の抜ける音だけが静寂が包む真昼の森に響いた。
――とく、……とくん。
小鳥のような心臓は弱弱しく脈を打ち。
哀れな人の子が、今――その短い人生を終えようとしていた。
一陣、風が吹く。
音もなく地面を踏み締める草履は、男のもの。
項で一つに束ねられた少し癖のある長い漆黒の髪を靡かせ、その男は徐に寧々へと近付き膝を付く。
涼しげな藍色の眼が、憂いを帯びた。
「――神への生贄……か。人間とはつくづく馬鹿な気休めを思い付くな……」
血とも涙ともつかない液体と土に塗れた少女の頬に触れ、男は呟く。
「死ぬのか」
問い掛ける。
意識などとうにないと分かっているというのに、返答があると信じ切っているような目で見つめながら。
――その時だった。
ぴくり、と。
まるで男の声に応えるかのように、寧々の小さな指が僅かに動いた。
ふ、と男は笑う。
最初から、全てが分かっていたかのように。
「お前は生きろ」
己の袂をまさぐり小さな包みを取り出すと、男は寧々の口を指で抉じ開けその中身を押し込んだ。
